建築設計計画Ⅱ研究室
2024年1月31日(水)・卒業設計発表会
長井 智奈慧
海のハザマ 橋のスキマ
小池 流駆
300mの傍(かたわら)
新潟県湯沢に残るふたつのポストバブルのスノーリゾートの再生計画を考えた。対象地は飯士山の東斜面に広がる岩原スキー場と、西斜面の舞子スノーリゾートである。その立地的特性から異なるポストバブル的経過を辿ってきたふたつのスノーリゾートは飯士山の山頂でわずか300mの距離を隔てて背中合わせになっている。本計画はゴンドラの延伸によってこの隔たりを解消し、同時にふたつの町を山頂で繋ぐことでそれぞれのまちが抱える問題と解決方法をトレードオフする構想である。ゴンドラには移動以外にも複数の機能を重ね冬季日中以外にも活用できるようにした。ケーブルのカテナリーカーブと地表とのクリアランスを確保する中央塔は地65mにもおよぶ。それはまるでクラウン(冠)のようにふたつの街の接続を象徴し、飯士山に新たな頂(いただき)をつくりだす。
上枝 鈴奈
雨葬 -雨の工学がつくる第6のファサード-
2010年代頃より都市と死の距離がアーバンデザインにおける重要な課題となりつつある。例えば‘死の民主化’を謳うコロンビア大学のデスラボによる液体窒素等を使った遺体の処理の提案は‘火葬のオルタナティブ’を提示する一方で弔う側の心の揺れ動きはデザインの事後的な問題として保留されている。本計画では雨の工学をキーワードに弔いの心情を‘ゆらぎ’の建築にまとめ都市に表出させる。象徴的に見えるが行くことのできない敷地である第六台場付近で、宿泊機能を備えた葬祭場を東京港連絡橋に吊り下げる。雨線に見立てた無数のハンギングワイヤーは雨粒の軌跡に溶け、斎場を海上に浮遊させる。海中に放つ開放端に固定したフィンは海流をテンションに変えて「ゆらぎと固定を両立する構造」となる。雨(天)を見上げる視線を受け止める建築の底面(第6ファサード)は、弔いの心情の表象として、都市に死との新たな距離を提示する。
長池 陽希
建築を着崩す
建築のボリュームを構造と表皮に分け「衣服」をモチーフに新たな建築像を考える。特に特定のスタイルのつくり込みではなく、衣服や身体の造形的魅力を引き出し、着る人の雰囲気を表現する「着崩し」に着目する。リサーチと分析から拡張/縮小/剥離/密着といった「状態の種類」を抽出し建築化する。計画は東京都八重洲一丁目に建つ、非上場の衣料メーカーのヘッドクオーターオフィスであり、本社機能に加えてショールームギャラリー、デザインスタジオ、店舗、若いクリエーターのためのポップアップスペース、会員制のデザインライブラリーなども併設させる。従来のスケルトン(不変)/インフィル(可変)ではなく、両者の動的な関係性のなかに、新たな‘着崩し’の状態としての建築を提案する。
中原 未玖
建築を生ける
京都中心部の1.6キロ四方(2.8㎢)は通称「田の字地区」と呼ばれ、商業と観光の中心を擁する。一方でこの地区には古くからこの地で暮らす地域の生活があり、私の祖母もこの地区で長年旅館を経営してきた。卒業設計では祖母の意思を継いだ中原旅館の再生を一旦は目指したが、家族も含めた経営判断のなかで一度は閉じた旅館をカタチだけ再生させることに私自身もリアリティを感じることはできなかった。そこで祖母のようにこの地区で生活してきた人が文化に根差したコミュニティを維持できるような施設として、中原旅館の対面にある頂法寺六角堂の境内に生け花の効用を療法として活用するリハビリテーション病院を設計する。六角堂は生け花発祥の地であり、境内には華道家元の総務所や研修学校などがあり、これら周辺施設の隙間に新たにリハビリテーション機能を持った施設を‘生ける’ように挿入する。
永井 拳心
7日間の修験ツアー -行楽と修行のあいだの新しい観光のカタチ-
愛知県春日井市定光寺駅周辺には、旧国鉄中央本線の廃線トンネル群、源敬公廟のある定光寺、重要文化財を連ねる東海自然歩道など多くの文化財が今も遺る。一方で駅周辺は現世から忘れ去られたような寂しさとそれゆえの豊かさが共存し、新たなアイデアによるエリアの価値の再発見を待っているように感じた。そこで私はこの地域に、遺構を活かすように分散配置した修験拠点施設を配置し、それらを巡る「行楽と修行のあいだの新しい観光のカタチ」を提案する。この施設はデジタルデバイスから離れ作務に従事することで日常の日々を見つめ直すことのできる7日間の宿坊体験プログラムを提供するものである。ツアーは回遊型に配置された施設群を「右廻り」に巡るAルートと「左廻り」に巡るBルートを交互にスタートさせることで施設の中で修験日数の異なる利用者が出会うようにプログラムを組んでいる。
杉山 鈴菜
職業体験機能を用いた広見商店街の断面リノベーション
私の祖父は広見商店街で長年八百屋を営んできた。静岡県富士市に4個ある商店街はそのどれもがシャター街化する傾向にあるが、その中でもこの広見商店街の特徴はふたつ挙げられる。ひとつは店主間の強固なコミュニティであり、地域に残る祭のうち商店街によって運営されているのは広見商店街祭のみで、その他全ての祭りは神社によって運営されている。もうひとつは区画を横断する短冊型の平面構成であり店舗が並ぶ表通り側に対して、区画の反対側では店舗の搬入口が並ぶ。また2階に店主の住居を待たず、また店舗と倉庫の間に横断路を有するなどその断面構成はこの商店街の特徴である。わたしはこの2点を活かし、1階区画南北軸に通る商店街に対して、2階区画東西軸に子供向け職業体験施設を重ねることで商店街の再生を図ると共に、地域を巻き込んだキャリア教育を行う。商店街を核とした地域の再生計画である。
佐藤 宏星
地形を縫う人と動物の共存テリトリー
神奈川県平塚市土屋には塚や古墳、史跡が残り里山の風景を色濃く残す。風景を過去と接続するこうした風景資産は農業離れや関心の薄れから手入れが行き届かず放置されるか、あるいは過剰な作り込みによる‘公園化‘によって里山の風景からは切り離されている。私はここに敷地の起伏を活かした動物保護施設を設計する。動物保護センターの収容室の閉鎖性に問題を感じ卒業設計では風景や地形にひらく新たなビルディングタイプとしての動物保護施設を提案する。設計着手前に取り組んだフィールドワーク「犬になる一週間」で制作した『犬の目線の地図』より、地上40センチの視点から発見した獣道や微地形を建築の構成根拠として取り込み、また壁の柵化による敷地境界ラインのブレによって人々が気軽に里山や史跡に近づき(時に踏み込む)起点をデザインする。
藤原 禎之
写真駆動建築 Photo-driven Architecture ‘TOKYO/Corner’
杉本博司はピンボケ写真によって建築の‘オーラ’を捉えてみせた。その伝説的な作品の立脚点を「20世紀的な敷地のあり方による周囲との切断」と仮定し、現代の東京における私なりの写真駆動建築を考える。台東区鳥越は‘地域別まちづくり方針’で「ものづくり」を核とした既存ストックの更新による賑わいの創出を目指す地域であり、建築は周囲と癒着し20世紀的名作建築の敷地とは対極の様相を呈す。この歴史ある密集地でLeicaのレンジファインダーを使ったピンボケ写真を用いて「街並みに溶け消えないコアエッセンス」を抽出する。提案する建築はコアエッセンスを再構成してデザインした制作スタジオを併設した住宅である。こうしてデザインされた建築は密集地においても街に溶け消えることなくその痕跡を写真に残すのか、あるいは建築としての全体は街に回収され溶けて消えるのか。その検証は再びピンボケ写真で行う。写真で作品性を実証する建築ではなく、写真で駆動する制作運動を写真駆動建築として提案する。
柏﨑 有紀
移ろいのある学び場 -視覚障碍者が運営できる学習支援施設-
目の不自由な祖母と暮らしてきた経験から、視覚障碍者が運営できる地域の学習支援施設を設計する。敷地である五反田南エリア周辺はいまもタワーマンションの建設が進む人口流入地域であり近隣の小中学校では生徒数も増えているが、一方で周辺に子供が自由に遊べる場所は少なく、どこも管理が行き届き意味と役割の固定された場所しかない状況である。そこで目黒川に面し、且つ車の交通からも切り離された「五反田ふれあい広場」を対象に、子どもが自由に関われる空間の多義的を有した学習支援施設を設計する。施設は目の不自由な人が運営側アテンダーとして働くことが出来るように「周辺環境の振幅」を建築的に拡張するデザイン上の工夫を施し、それが同時に子どもの自由な空間的読解を誘発する仕掛けとなるようにした。環境の振幅には、時間的スケールの異なる「公園の利用者層の時間別変化」「航空機の飛行パターン」「目黒川の水位」「桜の開花サイクル」を設定し、施設の運営パターンと重ね合わせた。また施設を‘近くもなく遠くもない大人の視線’でカバーするために、近隣のタワーマンションの不要とも思える高級なロビー空間と繋ぎ、GLレベルの眠れる空間的資産の利活用方法を提案する。
久野 水菜美
かわいいというスケール
愛知県名古屋の北10キロにある名古屋空港の東側のエリア、田畑と住宅地が混在する春日井市四ツ家町の‘とりとめのない風景’が私の原風景である。このエリアに複数ある特別養護老人ホームの入居条件を満たせない方が居宅介護を受けることが出来る半独立型住宅群を設計する。住宅はトラクター回転半径の外側隅部の畔界(はんかい)に建設され、介護支援のケアプロムナードとして整備された畦道を背後に引き込む。田畑にひらかれた縁側では農作業をする人との交流や作業補助を誘発し、ケアされることと労働に参加することを表裏で共存させる。
このエリアにある私の実家はかつて婦人雑誌の企画で取り上げられたことがある。今となっては住宅を商品として消費する企画にいま学ぶ‘建築’との距離感も感じるが、一方でディテールや素材に物語やテイストを付与するその手法はとりとめのない風景(日常)に彩を与えるデザイン手法としての可能性も感じ、また何より当時の私はその愛らしく可愛い住宅たちにときめいた。本計画は婦人誌の‘かわいい’住宅リサーチから、そのエッセンスを「ひとつのデザインコードが風景の広がりの中で完結できるスケール」と結論付けた。
保坂 一成
離散型ボールパークによる公園の防災拠点化計画
サンフランシスコジャイアンツオラクル・パークのスプラッシュヒット(右中間スタンド後方に広がる海にホームランボールが飛び込むこと)に代表される大リーグのボールパークが持つエンターテイメント性は「都市インフラや地形によるスタジアムの欠損」によって助長されると仮定し30事例のスタジアムの欠損と魅力的シーンの関係をリサーチした。ここで得られた知見をもとに幹線道路によって二つに分断された旧護国神社外苑である神奈川県三ツ沢公園の魅力を再生する。公園の各所に配置した観客席はそれぞれがセカンドファンクションを有し、公園ジョギングコースや慰霊塔への参道を再生するとともに本園を中心とした防災計画の欠損部分を補完する。本計画は公共交通機関でのアクセスを前提として整備されている日本国内におけるスタジアムデザインのプロトタイプになる。