芸術学部 基礎教育

リレー連載・人生の転機となった一冊 -5-

今年度のリレー連載は、基礎教育の教員がこれまで読んだ本や映像作品などの中で、⾃分の⼈⽣に⼤きな影響を与えたと思われるものを紹介していきます。機会がありましたら皆さんもぜひ手に取ってみてください。今月は大森弦史先生にご寄稿いただきました。


こんにちは。基礎教育課程准教授の大森弦史です。

今回のリレー連載のテーマは「人生の転機となった一冊」。しかし転機と呼ぶほどにドラマチックな読書経験はあまり思い浮かばないので、「人生において何度も読んだ一冊」をとりあげてみたいと思います。

 

エルンスト・H・ゴンブリッチ『美術の物語』天野衛ほか訳、河出書房新社、2019年

 ※工芸大・中野図書館にも所蔵あり(請求番号:702/G、書誌ID:3000025322)

『美術の物語(原題:The Story of Art)』は1950年の初版以来、累計刊行部数800万部以上を誇り、「世界一読まれている美術史の本」としてよく知られています。あまりに有名すぎて、優れた紹介や解説が星の数ほどありますので、ここでの余計な説明は省きます。気になる方はAIに聞くか、先日亡くなられた山田五郎さんによる以下の紹介動画をご覧ください。

・YouTube動画「累計800万部超!世界一読まれた美術本とは!?」(山田五郎 オトナの教養講座)

https://www.youtube.com/watch?v=pG56TOs_EzE

さて、「世界一読まれている美術史の本」であるからには、私のような美術史研究者にとっては「絶対に読んでおかないといけない本」でもあります。

『美術の物語』に最初に出会ったのは、たしか小学5年生か6年生のころだったと思います。なおこの時は旧訳版で『美術の歩み』(上下巻、友部直訳、美術出版社、1972年)というタイトルでしたが、美術史に漠然と興味を持ちはじめた生意気な子どもだったので、図書館の棚で見つけて颯爽と手に取ってみたわけです。「若者に向けて書いたよ」というので読みはじめてみたものの…さすがに小学生には難しすぎました。謎の意地で最後までページをめくったはずですが、肝心の内容はほとんど頭に入ってこなかったと記憶しています。

はじめてちゃんと読んだのは、高校に上がってからです。このころには大学で美術史を学びたいという目標が定まっていたので、わからないところは他の本を調べたりもしながら熟読しました。そのおかげで、それまでつまみ食いだった美術の知識を、大きな歴史の流れのなかで捉えなおすことができたように思います。

2度目の通読は大学浪人していた時期で、今度は原著を手に入れて英文で読みました。志望していた大学では、英語試験で美術の専門書からとった長文の全訳が出題されていたので、その勉強も兼ねて辞書を引きつつ読み進めました。えらく苦労しましたが、旧訳版の誤訳を発見したり、翻訳越しでは読み取れなかったニュアンスが理解できたりと、ゲーム感覚でけっこう楽しかったのを覚えています。

そして晴れて大学に入学、大学院にも進み、美術史を教える側になって現在に至りますが、その間にも『美術の物語』と向き合う機会は幾度か訪れました。

正直にいえば、入門書であるこの本に書かれていることの大体はすでに知っています。また70年以上も前の「王道」本ですから、現在の多様化した美術史研究のあり方からみれば、どうしても古くさい部分があるのも事実でしょう。しかしそれでも、読みなおすたびに「ゴンブリッチ先生はすごいなあ」という思いが強くなります。

私自身が誰かに向けて書く立場になったからこその感想かもしれませんが、論点の設定、掲載作品の選定、比較の観点、言葉選びなどなど、隅々まで行き届いたプロフェッショナルな誠実さに触れていると、小さなテーマにのめり込んで視野が狭くなっている自分に、いつも気づかされるのです。

私にとっての『美術の物語』は、縮こまった研究姿勢をグイッと伸ばしてくれるような、遠くを見ることの大切さを思い出させてくれるような、そんな一冊だといえます。最近また背中が丸まってきた気がしますので…、久しぶりに手に取ってみようかと思います。

リレー連載・人生の転機となった一冊 -4-

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