今年度のリレー連載は、基礎教育の教員がこれまで読んだ本や映像作品などの中で、⾃分の⼈⽣に⼤きな影響を与えたと思われるものを紹介していきます。機会がありましたら皆さんもぜひ手に取ってみてください。今月は牟田淳先生にご寄稿いただきました。
基礎教育の牟田淳です。今回は、私の「人生の転機となった一冊」を紹介します。
今回紹介するのは、
アインシュタイン、インフェルト『物理学はいかに創られたか』(石原純訳、上下巻、岩波書店、1939年)

です。物理学の世界で偉大な業績を残したアインシュタインが、インフェルトとともに、一般の読者向けに数式を使わずに物理学の発展を説明した本です。上巻ではガリレイやニュートンによる「力学的な自然観」の成立と限界が描かれ、下巻ではそこから脱却し、場の考えを取り入れた電磁気学から相対性理論の完成、そして量子力学への入り口までが語られています。
私がこの本に出会ったのは、中学3年生のときでした。当時の私は、学校帰りの途中にある区立図書館にほぼ毎日通い、高校受験の準備をしていました。その息抜きにと手に取ったのが、この『物理学はいかに創られたか』だったのです。
私はたちまちこの本に引き込まれました。特に、有名な「同時性の崩壊」の説明は簡潔明快で、大変驚きました。それは次のような趣旨の内容です。
「光速は誰から見ても同じである。このとき、前へ動く列車の中央から出た光は、列車の中から見ると前後の壁に同時に到着するように観測されるが、列車の外の人から見ると、光が到着するまでのあいだにわずかに列車が進むため、後ろの壁に先に到着するように観測される。つまり、列車の中の人にとっての『同時』は、列車の外の人にとっては同時ではない。すなわち、絶対的な時間は存在しない」
言っていることは中学生にとっては大胆ですが、論理は大変明快です。「これが物理学か!」と思いました。
もう一つ、なぜか心にずっと残っているのが、この本で語られる「自然科学の考え方」です。この本では、自然科学を「人間の心の自由な創造物」とします。つまり、自然科学は自然を単に「読む」ものではなく、人間は自然現象を説明するための概念を自ら創り出す必要がある、というのです。
そして科学者の営みは、「閉じられた時計の作りを知ろうとする」行為にいくぶん似ているといいます。時計を外から観察し、その結果、内部の作りを一義的に決定したように見えても、その時計を開けることができない以上、それが唯一の正解かどうかを確かめることはできないのです。
すると、「客観的真実とは何か」という問題が生じます。この本では、人間の知識が増えるにつれて、理論はどんどんシンプルに、かつより広範囲の現象を説明できるようになるとし、その極限を「客観的真実」と呼びます。
この考え方は、物理学の発展の歴史そのものが実証しています。たとえば「時間はすべての人にとって同じである」というそれまでの考えは、アインシュタインによって覆されました。時間は観測者によって異なり、日常生活で同じに見えるのは、列車の速度が光の速度に比べて十分に遅いからにすぎない——そのことが明らかにされたのです。
当時の私は、この「閉じられた時計の作りを知ろうとする」というたとえがなんとも謎解きみたいで絶妙で、面白いなあと思いました。
中学3年生だった私は、相対論や量子論はおろか、ニュートン力学もマクスウェルの方程式も知りませんでした。それでもこの本を読んで「自然科学ってなんだか面白い」と感じ、受験勉強にも熱心に取り組むようになりました。
その後、私は第一志望の高校に無事合格し、大学では東京大学の物理学科に進みました。卒業後は物理学以外のさまざまな分野の仕事にも携わり、物理以外の分野でも、査読論文の発表、科研費の研究代表、論文賞の受賞といった成果を挙げてきました。「この結果をもとに研究をきちんと進めれば論文になるのではないか」と勧められたこともあります。しかし、人に勧められた方面の研究にはそれ以上進まず、現在は雪の結晶を研究しています。
それはなぜかというと、いろいろなことをやってみて、やっぱり物理がいちばん面白い、仕事を抜きにしても単純にやっていて面白い——そう思えるからです。そう思える原点の一つが、この本だと感じています。
以上、私の「人生の転機となった一冊」を紹介しました。学生の皆さんも、ぜひいろいろな本に触れてみてください。皆さんの人生にとって、有意義な一冊に出会えることを願っています。
ご紹介いただいた書籍は厚木キャンパスの中央図書館に所蔵されています。中野図書館から取り寄せて借りることができます。
上巻 請求番号:080/I/50 資料ID:101655546 下巻 請求番号:080/I/51 資料ID:101655537

















