芸術学部 基礎教育

リレー連載「ロールレタリングについて」

こんにちは。基礎教育の小田珠生です。

現在、大学は入試シーズンの真っ只中ですが、その中には大学院の入試も含まれます。みなさんの中には、大学を卒業後、大学院に進むことを目指している方もいらっしゃるかもしれませんね。本学の大学院(芸術学研究科)の博士前期課程(修士課程)に所属する院生は、修士学位論文、または作品副論文を提出する必要があります。後者の作品副論文は、「修士作品についての解説」、または「修士作品の制作に関係した関連分野の研究論文」のうちどちらかに該当するものです。いずれにしても、大学院生には、作品をつくるのみならず、深い洞察力や広い視野を持ちながら作品について客観的・芸術的に考察し、論文としてまとめる力が必要とされることになります。私は現在、大学院で「グローバル化社会と日本語」という授業を担当しているのですが、言語教育(日本語教育)を専門とする私が、授業担当教員としてどのように芸術学研究科の院生のみなさんに貢献できるか、ということは、私にとって常に考え続けなければならない課題です。

前置きが少し長くなりましたが、今回は、私がその大学院の授業の一部に取り入れている「ロールレタリング」をご紹介したいと思います。みなさん、「ロールレタリング」をご存じですか?ロールレタリングとは、役割交換書簡法ともいい、春口徳雄氏によって臨床心理の場に導入された心理的援助の方法のことです。具体的には、まず、自分やセラピストなどが想定した他者に架空の手紙を書き、相手からの返信も自分で書きます。すなわち、相手を設定して一人二役を演じ、往復書簡をかわすことにより、自己の内的葛藤と向き合い、自分が思っていることや感じていることを明確化しようとするものです。原則として、本人以外誰も見ることはないものとして行うため、心の中を本音で書き表すことができます。役割交換書簡法・ロールレタリング学会理事長の金子周平氏(九州大学准教授)は、ロールレタリングの始まりについて、以下のように説明しています。

この技法は、元々は日本の少年院の中で、母親との間に強い葛藤を抱えていた少年とその担当の法務教官の間で生まれました。法務教官は少年に、どうしても消化できないその気持ちを、母親に宛てて書くように言いました。母親に対して溜まっていた怒りなどの感情が、堰を切ったように表現されていきました。そして、それが一段落すると、少年は母親の置かれていた複雑な立場にも目を向けられるようになっていたのです。法務教官はさらに、もし母親が少年の書いた手紙を受け取ったとしたらどのような返事を返すか、母親の立場になって自分への手紙を書くことを勧めました(金子書房note2020)。

こうして、往復書簡を重ねることによって、「相手の気持ちや立場を思いやるという形で、自らの内心に抱えている矛盾やジレンマに気づかせ、自己の問題解決を促進させていく」(春口1995)ことが期待されるのが、ロールレタリングです。この心理技法は、現在では少年院やその他の心理療法を行う機関だけでなく、いじめや不登校について取り組む学校教育などでも採用されています。

さて、このロールレタリングを言語教育(日本語教育)に取り入れることを提案したのが、筑波大学名誉教授の岡崎敏雄先生です。もう少し詳しくご説明すると、もともと、グローバル化の下で持続的な生き方を考える「持続可能性教育を内容とする言語教育」の必要性を説かれたのですが、その具体的な方法の一部として提案されたのがロールレタリング、ということになります(岡崎2009)。

挙げられている活動例をご紹介すると、就職氷河期といわれた時代(今応用するのであれば、コロナ時代といわれる現在)、就職活動に成功した先輩が、会社に入ってから激務で体調を崩し、辞表を提出するまでの実際のライフストーリー(これまでの経験や人生について語ったもの)を読み、その先輩に手紙を書くことで自分がこの先輩と同じ立場に置かれた場合、退職か、転職か、会社にとどまるのかどれを選択すべきか考えます。そして、その後、その先輩に返信をすることで、相手の立場でも考えてみる経験を持ちます。その際、できる限り相手の状況―具体的に、その人の起床時から就寝時までの様子、季節、職場の人、服装、気分、体調など―をイメージしてから行います。このような活動などを通して、想像力を確かなものにしながら、「世界はどうなっているか」「その中で自分はどのように生きていくのか」といった問いを深めていきます。

私は、大学院の授業で、上記の例を参考にしながらロールレタリングの活動を授業の一部に取り入れています。ロールレタリングは、厳密には様々な条件がそろった環境下で行う必要があるものですが、堅苦しく考えずに個人で行っても、自己理解を深めたり、想像力を養ったりすることが可能な活動だと思います。受験勉強に疲れた時や春休みなどに、試してみるのはいかがでしょうか。

【参考文献】
岡崎敏雄(2009)『言語生態学と言語教育-人間の存在を支えるものとしての言語-』凡人社
金子書房note(2020)「特集:不安との向き合い方 不安から抜け出すためのロールレタリング(金子周平:九州大学教育学部准教授)」〈https://www.note.kanekoshobo.co.jp/n/nfaa8415d14ec〉(2023.1.28閲覧)
春口徳雄(1995)『ロールレタリングの理論と実際』チーム医療

 

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