芸術学部 基礎教育

リレー連載「『若草物語』の作者オルコットの隠された一面」

*この記事は鈴木万里基礎教育教授が執筆しました。

7月の連載は小田先生の「樋口一葉ノススメ」でした。私も大学時代に一葉に夢中になって作品を読みあさり、記念館を訪れたことを懐かしく思い出しました。運命に逆らえない少女の過酷な人生と希望のなさに心が痛むと同時に、このような社会の暗部を描いた作品をきちんと評価できた当時の文壇の底力を実感します。ドナルド・キーンが同時期のアメリカの作品『若草物語』と比較しているのも興味深いです。『若草物語』(1868)は『赤毛のアン』(1908)と並んで女性が子ども時代に必ず読む本でしょう。何度も映画化されています。一人っ子の私にとっては姉妹同士の会話がとても新鮮で、「きょうだいがいるとこんな話をするのね」とワクワクしたものです。

『若草物語』は、典型的な少女たちの成長物語、理想的な家庭小説として受け入れられていますが、実はかなり異色の作品です。19世紀は西洋で家父長制(父親が家庭内で強い権限と権利を持っている体制)がもっとも強化された時代で、家の中心は父親でした。「良妻賢母」が女性の理想とされたものの、母親には親権はなく、子どもは父親のものでした。ところが、『若草物語』では、父は不在(南北戦争で従軍牧師として赴任)、母親と娘4人とメイドという女所帯で、次女のジョー(ジョゼフィン)が一家の男役を果たす変則的な家庭を描いているのです。もともとジョーは「女の子だっていうのがいけないよ。遊びも仕事も態度も男の子のようにやりたいのに。男の子でなかったのが悔しくてたまらない」(第1章)と言うほど、自分のジェンダー役割に苛立っている個性的な15歳です。ちょうど子どもから大人への過渡期の年齢です。それでも、結末近く、任地で病に倒れた父のもとに駆けつける母の旅費のために髪を売って25ドル工面した夜には、失った髪を思ってひそかに泣いています(第15章)。当時女性が髪を短く切ることはそれほど勇気のいる行為だったのですね。ジョーは女であること(と、それに伴う不公平)におおいに不満ではあるものの、男にもなりきれないのです。いずれ作家として身を立てたいと願うジョーにとって「お金持ちになりたかったら、男は働くしかないし、女は結婚するしかない」(第15章 姉メグの言葉)という社会のジェンダー規範は大きな壁でした。

とはいえ、『続若草物語』(1869)では、ジョーはニューヨークで一人暮らしを始め、家庭教師をしながら執筆に励み、懸賞小説に応募して作家への道をめざします。そして、幼なじみの隣人だったローリーの求婚を断ったのち、20歳ほど年長のドイツ人哲学教師と結婚し、やがて一緒に学校を開きます。『第三若草物語』(1871)『第四若草物語』(1886)では、その学校の生徒たちが主人公となります。ジョーの結婚は読者からの要望によるものらしく、作者オルコットは不本意だったといわれます。オルコット自身は、理想主義の哲学者であった父親が学校経営などの事業に失敗したために困窮した一家を経済的に支え続け、両親や姉妹、甥や姪の面倒をみた後、57歳で亡くなりました。独身でした。自分の力で愛する家族に安定した暮らしを与えたいという13歳以来の念願をかなえて、悔いのない人生だったことでしょう。オルコットは当時の男性に求められた一家の大黒柱としての役割を果たして、ジョーの望んだように「男」になれたのですね。

しかし、一方でオルコットはA.M.バーナードというペンネームで扇情小説(Sensational novels)を執筆していたことが、1943年に判明しました。その中の1作『仮面の陰に あるいは女の力』(1866)が最近翻訳されました。貧しい野心家の女性ジーン・ミュアが家庭教師として英国の裕福な家に住み込んで、その魅力と才覚で一族を魅了し、詐欺まがいの手段で上流一家の女主人の座を手に入れるという痛快な物語です。「従順・敬虔・清純」という女性に課されたイメージを逆手に取って、階級とジェンダーの壁を大胆に乗り越えるしたたかで貪欲な女性が主人公です。英国19世紀のベストセラー『ジェイン・エア』(1847)の影響を受けているといわれます。扇情小説とは、英国で1860年代に大流行した娯楽性の高い小説で、駆落ち、裏切り、復讐、詐欺、狂気、殺人などがふんだんに盛り込まれます。しかし、自らの欲望に素直に大胆な生き方を選んだ女性たちは、社会から転落し、深い後悔のうちに死ぬという結末が多く、女性の身勝手な行動を戒める教訓的なメッセージが含まれます。代表作はエレン・ウッドの『イースト・リン』(1861)、メアリ・エリザベス・ブラッドンの『オードリー令夫人の秘密』(1862)などです。ところが、オルコットの『仮面の陰に』では、ジーンはみずからの強靱な意志、知性、行動力で社会的地位と経済力を獲得して、彼女をさげすんだ人々を見返すところで物語が終わります。この結末にオルコットの隠された一面がみえるように思います。扇情小説を執筆し続けたのは、手軽にお金が稼げるからという理由だけではなく、本当に書きたい物語だったからではないでしょうか。女性が思うままに自分の力を発揮して、偏見をものともせず、幸せをつかみ取る物語を渇望していたのでは?と思えるのです。しかし、本音を書くには性別不明のペンネームを使う必要があったのですね。

実は、他の19世紀の著名な女性作家たちも、出版された評価の高い代表作の他に、本音の物語を密かに書き綴りました。『ジェイン・エア』の作者シャーロット・ブロンテ(1816-1855)は弟とともに「アングリア物語」、妹のエミリ(『嵐が丘』の作者)とアン(『アグネス・グレイ』の作者)は「ゴンダル物語」、いずれも愛憎、裏切り、反逆、幽閉など波瀾万丈の空想物語を、子ども時代から大人まで書き続けていました。また、英文学でもっとも評価の高い小説家ジェイン・オースティン(1775-1817)は、「スーザン令夫人」という、経済基盤を持たない30代子連れの奔放な未亡人が身勝手に生きる中編小説を書きましたが、出版しませんでした。出版するには男性編集者の承認する作品を書くことを求められた19世紀の女性作家たちは、自分の本音を表現する物語を密かに紡いでいたのです。オルコットも同様だったことがわかります。この機会に『若草物語』を読み直してみると、子どもの頃に気づかなかった作者の隠されたメッセージに気づくことができるかもしれません。文学が楽しいのは、環境の変化、年齢、経験によって、以前とは違った読み方ができるようになることです。ぜひ試してみて下さい。

【参考文献】

  • ルイザ・メイ・オルコット『若草物語』、『続若草物語』、『第三若草物語』、『第四若草物語』 新潮文庫ほか
  • ルイザ・メイ・オルコット『仮面の陰に あるいは女の力』幻戯書房
  • Ellen Wood, East Lynne 翻訳はありません
  • メアリ・エリザベス・ブラッドン『レイディ・オードリーの秘密』近代文芸社(つい最近翻訳が出たようです)
  • シャーロット・ブロンテ『ジェイン・エア』岩波文庫ほか
  • ジェイン・オースティン『レィディ・スーザン』英宝社
  • 斉藤美奈子『挑発する少女小説』河出新書 (少女小説を新たな視点から読み直す試みでお勧めです。残念ながらp.18に『ジェイン・エア』の作者をエミリ・ブロンテとしている間違いがありますが)

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