芸術学部 基礎教育

リレー連載1月号:「私の日常―非連続の連続」

*この記事は平山敬二 基礎教育教授が執筆しました。

2016年度基礎ブログ1月担当の平山です。

今年度の基礎ブログのテーマは「私の日常」ということなのですが、1月というのは正月であり年の初めの月ということになります。正月というのはそのような意味では特別な月ではありますが、その正月が毎年巡ってくるという意味では、それは日常のことでもあります。

私の家でも、年の暮れには年越し蕎麦を食べ、明くる元旦にはお雑煮を食べ、お屠蘇を飲んだりいたします。玄関には門松を立て、床の間には毎年決まって同じ「お正月様」と昔から私の家では呼んでいる狩野周信(ちかのぶ)の「寿老人」の掛け軸をかけることになっています。お雑煮は私の母の故郷である長崎式の雑煮と決まっていて、母から私の家内が受け継ぎ、今に至っております。正月の雑煮というのは、平安時代ごろから定着したものらしく、本来は自然の恵みとしての五穀豊穣を神に感謝する神道的な意味合いを持つものだと聞いたことがあります。

長崎式雑煮:10種類の具入り

狩野周信『寿老人』

毎年正月という非日常が巡ってくること、これは極めて日常的なことでもあり、2017年の今年の元旦もまた、私にとっては非日常的日常でありました。あるいはこれは日常的非日常というべきなのかも知れません。ともかくもこの「非連続の連続」、あるいは「連続の非連続」ということが、歴史というものの真実に違いありません。特にこの2017年という年の初めにあたって、私はその観を強くいたします。何か時代というものが大きく変わりつつあるというような予感を持たれている方も多いのではないでしょうか。端的には、いわゆるグローバリズムからナショナリズムへの時代の流れの変化です。

今にして思えば、このような変化はすでに20年以上前からうすうす私もそれを感じるところもあり、またそれを鋭く指摘する人もいたのですが、私がその変化を強く予感したのは、2011年3月11日の東日本大震災の後のことでした。東日本大震災から半年ほど過ぎたとき、私は今回の東日本大震災を機に、日本が戦前のように戦争へと向かおうとする歴史的な潮流に巻き込まれていくのではないかという予感を強く持ち、机上のA4の用紙に1923年の関東大震災から1945年終戦までの歴史的事件の簡略な年表を走り書きし、書斎の書棚の脇に貼り付け、それはそのまま今に至っております。日本は関東大震災から6年後の1929年の世界恐慌を境に、1931年には満州事変、1932年5・15事件、1933年国際連盟脱退、1936年2・26事件、1937年盧溝橋事件、1941年のハル・ノートを経て、1941年12月8日には対米戦争に突入していったわけです。その間、ドイツではナチスが台頭し、1933年にはヒトラーが首相に就任し、1939年9月のポーランド侵攻、1940年6月のパリ占領へと展開していきました。

書棚横の手書き年表

現在のシリアや中東の内戦、ヨーロッパへの難民の流入、中国の領土的拡張主義、朝鮮半島の政治的混乱、ロシアのクリミア領有、イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ大統領の誕生等々、この間の政治的な出来事は、まったく尋常なこととはいえません。まさに非日常的な出来事の連続です。しかしこれがまた歴史的な非連続の連続であり、非日常的日常としての歴史そのものであるともいえるでしょう。

日本も安倍政権の下、これから憲法改正についての論議も盛んとなることでしょう。いま日本の置かれている状況は、憲法を改正しても危ういし、憲法を改正しなくても危ういといったところだと思われるのですが、如何でしょうか。ではどうすればよいか。今こそ日本がこれまでに学んできたことの本当の力量が試されようとしている時なのだと思います。しかしこの問題は日本一国だけの問題ではありえません。世界全体の政治的・経済的流れがどうしようもない形で日本を巻き込んでいくことになるわけです。

そのようなことに、ともすれば心を擦り減らす今日この頃の私の日常ですが、そのような中で何か自らの心の基準とすべきことを探し求めたい思いに駆られ、久しぶりで以前によく手にしていた江戸時代初期の儒者、中江藤樹の『中庸解』を紐解く機会がありました。ご周知のように『中庸』とは、いわゆる四書五経にいう四書、すなわち『論語』・『孟子』・『大学』・『中庸』のなかの『中庸』のことであり、『中庸解』とはその『中庸』の内容について藤樹自身が解説したもので、その冒頭には下記のようなことが書かれています。少し読みにくい文章だとは思いますが、それほど難しいものではありませんので、何かのご参考にでもなればということもあり、書き下し文にしたものをそのまま書き記させていただくことにします。深い真理への道は日用常行の内に開かれていることが説かれているのだと思います。文中の「子思子」とは孔子の孫にあたる「子思」のことで、『中庸』はその子思によって書かれたと伝えられているためにそのようになっているのですが、現在の研究においては、それは必ずしも史実ではないということになっているようです。

『中庸解』

「中庸ハ明徳ノ別名ナリ。明徳ハ内ニ主トシテ倚ル所ナク中央ノ義アル故ニ、中ノ字ヲ借リテ明徳ノ異名トス。庸ハ常ナリ。用ナリ。明徳ノ万古不易常住不滅ニシテ妙用窮尽ナキ所ヲ指テ庸ト名ヅク。至誠無息トイヘルハ常ナリ。誠ハ物ノ終始。誠ナラ不ハ物無シトイヘルハ用ナリ。中和ノ妙日用常行ノ内ヲ離レ不シテ、先天未画ノ前ト異ナルコトナキ理リヲ明サンタメニ一箇ノ庸ノ字ヲ添テ、中和ノ道ハ日用平常ノ外ニ無キコトヲ示シ神妙高遠ニ求ル惑ヲ解ク。中ナルガ故ニ庸。庸ナルガ故ニ中ナリ。中庸ノ二字別ケテ講ズルコトナカレ。一意ニ見ルベシ。意ナク・必ナク・固ナク・我ナシ。適無ク莫無シ。可無ク不可無シトイヘルハ皆中ノ義ナリ。聖人以下ハ意必ノ私ナキコト能ワ不シテ適莫・可不可有テ中ノ本体明ナラズ。是ヲ以テ中ヲ心法ノ極致トス。后世誤テ中ヲ高遠ニ求メテ道ヲ去ルコト愈遠ニ依テ又一箇ノ庸ノ字ヲ添テ心法ノ宝鑑トス。子思子、其実義ヲ失ハンコトヲ慮テ此書ヲ著述ス。故ニ中庸ヲ以テ書ノ題号トシテ一部始終スベテ中庸ノ心法ヲ明スコトヲ開示ス。」

(弘文堂書店『藤樹先生全集』第2巻、55‐56頁より、一部表記改変。)

蔵書展示のお知らせ:「美しくかわいい絵本たち――ヴィクトリア朝イギリスを中心に」

リレー連載2月号:「大連にて」

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