*この記事は、鈴木万里 基礎教育教授が執筆しました。
芸術学部公開講座(2014年春季)「現代社会とコミュニケーション」
第4回「メディアとコミュニケーション」
「コミュニケーション」という統一テーマで基礎教育の教員4名が担当した春季公開講座の最終回を担当しました。受講者数は135名でした。
「メディア」は単なるコミュニケーションの手段にとどまらず、人間の身体感覚、時間・空間意識、思考様式に大きな影響を与えてきました。マクルーハンが「メディアはメッセージである」と述べているように、メディアは人間と外界、自己と他者との関係を決定づけるものです。
そこで、まず、メディアの発達がコミュニケーションや社会のあり方をどのように変えてきたのかを、歴史的にたどってみました。社会に大きな変化をもたらす契機となったメディアは次の通りです。
1) 言語の獲得 40,000から35,000年前
2) 文字の発明 紀元前3,100年頃
3) 活版印刷技術の発明 1,445年
4) 電子、映像メディアの発明と普及 19~20世紀 ―電話、ラジオ、テレビ―
5) デジタル・メディアの普及 20~21世紀 ―インターネット、携帯電話―
現生人類ホモ・サピエンスは35,000年ほど前に、言語を獲得したと考えられています。なぜなら、その頃から洞窟絵画、彫像、楽器、装身具などのアートを作り、墓に副葬品を入れるようになったからです。このような精神活動は、現実にない仮定や想像が可能になったことを意味し、現在・過去・未来を区別する思考様式と文法構造を備えた言語の存在を前提としています。また、数百キロに及ぶ広域ネットワークをもっていたことも出土品から明らかになっており、言語が重要な役割を果たしていたと考えられます。その結果、生存条件が有利になったホモ・サピエンスは、生き延びて繁栄を続けました。しかし他方、おそらく原始言語にとどまった人類ネアンデルタール人は、30,000年ほど前に滅亡したのです。「言語」が命運を分けたと言えるでしょう。
次に重要なメディアは「文字」です。文字は農業がもっとも早く始まったメソポタミアで、農産物の記録や暦の必要性から誕生しました。その後、エジプトやシナイの文字を経て、アルファベットがBC1,500年頃に作られました。文字の発明は、記憶力の限界からの解放を意味します。知識が多くの人々、別の時代にも共有されるようになりました。また、書いたものを再考することでさらに考えを深めることができ、抽象的思考が可能になりました。オリジナルな作品(詩、演劇、哲学など)も生まれました。そして、もっとも重要なのは、法律と、テクスト(経典、聖書)をもつ宗教が誕生したことです。その結果、帝国や宗教共同体が成立し、その後は書いたものが人々の生活を規定することになりました。
3番目に重要なメディアは活版印刷技術です。グーテンベルクによる聖書の印刷は革命的でした。「神の言葉」を文字の単位に分解することで効率化するのは、冒涜と考えられていたのです。活版印刷は合理的思考を優先する傾向を促し、現在のデジタル化の発想の原点といえます。また、印刷術の普及は、約1世紀後にルターによる宗教改革を可能にしました。ラテン語聖書がドイツ語、英語など各国語に翻訳され(ラテン語聖書の翻訳は禁じられていた)、それまでの長いラテン語支配、教会支配から脱却して、国家、国民意識、愛国心などが誕生する契機となったのです。さらに、書籍や新聞の出版が、個人主義や共同体意識を高めることになりました。ベネディクト・アンダーソンが述べているように、印刷物の普及がナショナリズムや近代国家を生み出したのです。また、活字メディアはコミュニケーションの在り方を本質的に変えたと、ウォルター・オングは述べています。声の文化が衰退し、文字の文化が浸透した、すなわち、書く時の表現方法で考え、話すようになったというわけです。これは、繰り返しや決まり文句の多い口承文学と、近代以降に誕生した小説の文体を比較するとよくわかります。
4番目のメディアは、電話、ラジオ、テレビなどで、「もの」を運ばずに「情報」を伝達できる点が特徴です。時間的、空間的に離れた相手から直接に音や映像が伝えられる点は画期的で、「距離があるのに親密(よく知っている)」という新たな感覚や、内容ではなくおしゃべりが目的化する(電話)など、人間の関わり方やコミュニケーションに新しい一面を加えました。
最後にデジタル・メディアの普及があります。これは現在進行中ですから、どのような変化がコミュニケーションや人間関係に及ぶかは20~30年後にならないと結論が出ないかもしれません。しかしデジタル・メディアのもつ双方向性はすでに、さまざまな変革をもたらしています。まず、誰でも情報発信や表現が可能になりました。そして、広範囲の人間同士が結びつき、活動しやすくなりました。地理的に不利な地域でも情報のやり取りが可能になり、情報格差が解消されます。しかし、一方で、対面コミュニケーションの機会が減り、人間を全人格的存在として理解しなくなる恐れもあります。また、情報発信よりもネット上の自己イメージを作ることが目的になり、アイデンティティが不安定になる懸念もあります。新しいメディアがどのような未来を築いていくのか、今後を注視したいと思います。
以上のような内容でメディアとコミュニケーションの関わりについてお話しました。
公開講座終了後には、希望者を図書館にご案内しました。この講座に合わせて、グーテンベルグ聖書のレプリカおよび、印刷術以前の写本文化を代表するリンデスファーン福音書、ベリー公の時祷書、ヴェリスラフ聖書(絵解き聖書)のレプリカ版を展示して頂きました。50名ほどが興味深そうに見学されました。「コミュニケーションをテーマにした今回の企画はたいへん面白かったです」と数名の方から声をかけて頂きました。以上、ご報告でした。