工学部 基礎教育研究センター

統計は数学か?

タイトルの意味は、「果たして、いったい統計学は数学なのだろうか」ということである。そんな当たり前のことを聞いてどうする? 統計は数学に決まっているじゃないかという声が聞こえてきそうである。

まず、日本の文科省が出している学習指導要領によると、小学校から高校までの「算数、数学」の指導要領の中に統計の分野が含まれている。したがって、文科省は統計は数学だと考えていると推測できる。(小学校の数学のことを日本では「算数」とよぶことがあり、文科省もその習慣に従っている。)

次に、わたしが高校2年生の夏休みに、どういうわけか学校で習っている英語のほかに「英会話スクール」というところに行ってみたくなったことがあった。月謝をどうやって工面したのかは忘れてしまったが、もしかすると父親に援助を願い出たのかもしれない。夏休みだけならということで許されたのかもしれない。とにかく、なけなしのお金を握り締めて、東京の中央線を水道橋で降りて、神田神保町の方に少し歩いたところにある雑居ビルの中の怪しげな英会話スクールなるものに1~2週間通った。何でも冷房がよく効いていたことだけは覚えている。

そのとき、TVのノヴァの宣伝のごとくに、先生は外国人だった。(その当時はノヴァという英会話スクールはまだなかったと思う。)最初に面接を受けて、教科書をもらい、4回ぐらい個人レッスンという名の授業を受けた。授業内容は先生が外国人だということを除いては、教科書に沿ったふつうの授業だった。ただ、教科書は「英会話」の世界では定番の本だった。そのとき、レンツナー(Lenzner)という国籍不明の「イギリス人」に習った。

彼は、私が高校生とみると、将来は何になりたいのかと聞いてきた。そこで、大学に入って数学を勉強したいというと、大学の数学科は2つのコースの分かれているのだと教えてくれた。

彼の話によると、そしてこれは欧米の多くの大学の数学科がとっている制度なのらしいのであるが、Mathmematics という学科がさらに以下の2つのコースに分かれているのだそうである。

Pure Mathematics
Statistics

大学によって組織が少しずつ違うが、数学学部に数学科と統計学科があるところもある。これにはびっくりした。この話を信じると、数学は大きく2つの分野に分かれるということになるからだ。しかも、その2つの分野というのが、「純粋数学」と「統計学」なのである。あるいは、「純粋数学」「応用数学」「統計学」の3分類なのかもしれない(大学によっては)。

レンツナー先生の話では、これが欧米の大学の「普通の」あり方なのだという話だったように思う。これはわたしたち日本人の数学観とはかなり食い違っている。

わたしたち日本人は、数学は数学という1つの学問なのであって、その中がこのように分かれるとは思っていない。それに、何なのだこの「純粋数学」というのは? 数学に純粋な数学と不純な数学があるのだろうか?

この違いは、数学が社会に果たしてきた役割の歴史の違いを反映しているのだと、今になって振り返って考えると、そのように思うことができる。

明治以来、最近まで、日本人がイメージする数学には「純粋数学」だけしかなかった。その証拠に欧米の大学のように「統計学科」という学科をもつ大学は日本にはない(最近は例外がある—たとえば、九州大学)。

それに対して、欧米の大学で数学科を設置するような大学は、ほとんど例外なくその隣に統計学科を設置し、選べるようになっている。「選べる」とは、数学科を志望して入ってきた学生が統計に進んだり、その逆もできる。あるいは、最初からどちらかを志望して入学することもできる。いずれにしても、数学と統計が「お隣の学科」という関係になっているという意味である。

欧米人の数学のイメージは日本人と違う。彼らは、いわゆる「純粋数学」も尊重するけれど、その理由は、純粋数学にも十分に実用的な価値があると考えるからである。逆に、実用的な分野の研究が「純粋」数学の発展に寄与することがあることもよく知っている。なので、代数や幾何などの「純粋」数学の学科と、統計などのより実用的、応用的な分野を研究する学科とが近いところに設置されているのである。

欧米の考え方からみると、そもそも「統計は数学なのか」という問いの立て方からして、おかしいということになる。個人的な能力や志向、傾向は当然あるだろうが、学問全体としては理論と実用が絡み合って数学というひとつの学問が発展していく。このことは、数学に限らず、どのような学問分野についてもいえることだろう。

太平洋戦争が終わって、日本が連合国軍(実際はアメリカ)に統治されていたとき、GHQから、新制大学に統計学部を作ってはどうかという諮問があったそうである。しかし、それに対して日本の学者層は、いや、統計学部は日本には必要ない。せいぜい統計学科ぐらいでやっていけると答えたそうである。

つまり、日本の社会に必要な統計学は学部ではなく、学科レベルの研究組織があればそれで十分に社会的ニーズに答えられる、それでやっていけると当時の日本の学問界のリーダーは考えていたことになる。

その結果、日本の統計学者はさまざまな学部に所属して、それぞれの分野で必要な統計を仕事にしてきた。たとえば、医学部であれば医学統計や疫学の専門家がそこで養成され、経済学部であれば経済統計の専門家が養成されといった按配で、社会に必要な統計学の専門家が養成されてきた。それぞれの産業ごとの統計の専門家はいるけれども、統計学者は生まれにくい土壌であったといえるだろう。

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