工学部 基礎教育研究センター

5 音楽とメタファー

グリーグ(Grieg)の「朝」という曲は誰でも一度は聞いたことがあるだろう。組曲《ペール・ギュント》の第1組曲(Peer Gynt, Suit No.1, Op.46-1 “Morgenstemning”)に入っている。

美しいメロディーがヘ長調のピアノで始まり、それが2回ぐらい転調して同じメロディを繰り返したかと思うと、もとのヘ長調に戻って今度は力強いフォルテを響かせる。そして、その後も何度か転調を繰り返したあと、最後はヘ長調に戻り、単純なヘ長調の和音がピアニッシモで鳴って終わる。

タイトルの「朝」から想像すると、曲の始まりはまだ夜明け前で、ただ小鳥たちのさえずりで朝の到来が予告されているかのごとくである。そして、フォルテで同じメロディーが鳴るところは本当の夜明けで、まぶしい太陽が地平線を昇り始めたような印象を受ける。

さて、音楽というものは「音を楽しむ」と描くことからわかるように、空気中を伝わってくる音波が我々人間の聴覚神経への刺激となって何らかの情報を伝えるものである。このこと、つまり、「音の刺激」と、まぶしい太陽が昇り始めたときの朝の感覚、つまり一日の始まりに感じる「まぶしさ」とか「力強さ」「生き返ったような気持ち」との関連を考えてみよう。

まず、わかるのは「まぶしさ」は視覚刺激であるということである。つまり、音波ではなく、光(その正体は物理学によればある波長領域内の電磁波である)を我々の視覚神経が刺激として捉えたときに、私たちは「光」としてそれを感じるわけである。

つまり、グリーグの「朝」という曲は、音の刺激を光の刺激に変換する曲であると、ひとことで言ってしまえば、そういうことになる。

だが、ここで問題は残る。音を光に変換しているのは本当にグリーグのこの曲なのだろうかと。本当は、そうではなく、この曲を聴いている私たちが、脳内で、音を光に変換しているのではないだろうか。

6 オイラー-マクローリンの和公式

3 リー群論の起源

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