今年度のリレー連載は、基礎教育の教員がこれまで読んだ本や映像作品などの中で、⾃分の⼈⽣に⼤きな影響を与えたと思われるものを紹介していきます。機会がありましたら皆さんもぜひ手に取ってみてください。今月は石井麻璃絵先生にご寄稿いただきました。
転機となった本 ~『ジェイン・エア』~
人生において「転機となった本・作品」はなにかと問われた場合、私にはすぐに頭に浮かぶ小説があります。それは、19世紀のイギリス作家シャーロット・ブロンテによる『ジェイン・エア』(1847)です。
私の通っていた大学では、読んだ本の感想を書いて生協に持っていくとポイントが貯まり、生協で売っている本を新たに買うことができるという、学生の読書活動を応援するシステムがありました。読んだ本の感想は生協に飾られ、他の学生も目にすることができます。当時の私はこのシステムを利用して、しばしば大学の図書館で本を借りては感想文を書いて提出し、他の人の感想を読んで気になった本をポイントで購入したりすることに、楽しみとやりがいを見出していました。大学の図書館には「世界文学集」と書かれた棚のコーナーがあり、綺麗な赤い装填の本がずらりと並んでいました。そこにある本をいつか全部読んでみせる、というのが密かな夢で、張り切っていたように思います(結局全部はとても読み切れませんでしたが)。
『ジェイン・エア』と出会ったのは大学3年生のときでした。ちょうど就職活動が始まった頃で、将来なにをしたいのか、どんな仕事につきたいのか、まだ判然とした答えを持たず、漠然とした不安を抱えていた時期だったと思います。そんなとき、たまたま手にとった赤い装填の本が『ジェイン・エア』でした。この小説は、壮年になった主人公ジェインが過去を振り返るという一人称視点で書かれており、10歳から20歳ころまでの経験が中心に語られます。ジェインは頭のなかで多くのことを考える女性で、周囲を観察し、自己を内省します。彼女は、社会的な後ろ盾をもたない孤児として生まれたために、様々な社会の理不尽や不平等、困難と立ち向かわなければいけません。しかし、たくましい彼女はたった10歳で一人馬車の旅を経験し、慈善学校の不衛生な環境にも負けず教育を受け、やがて住み込みの家庭教師になります。その後、無一文の身分に落ちて荒野をさ迷うことになりますが、その間も自尊心を忘れません。努力と向上心によって道を切り開いていくジェインの姿に、当時、とても強い感銘を受けたことを覚えています。
卒業論文で『ジェイン・エア』を扱い、大学院への進学を考えるようになりました。その後、大学院でジェンダーやゴシックロマンス、アイデンティティ、空間など様々な観点からこの作品を読み返すたびに、新しい発見がありました。イギリスに留学した際には、ヨークシャー州のハワースにあるシャーロット・ブロンテの生家を訪れました。遠い昔の、遠い異国にいた彼女の小説を、現在の自分が手に取り、研究していることを改めて考えると不思議な思いがしました。当時の面影が残るハワースの古い町並みを歩きながら、本当に彼女は存在していたんだと、この地で育ち、この道を歩いていたのだと、感慨にふけりました。シャーロット・ブロンテは生涯のほとんどを小さな町ハワースで過ごしました。小さな身体で視力も悪く、ほかの5人の兄弟姉妹と同じく短命におわった女性(享年38歳)。けれどもその内面には激しい炎が燃えていて、生計をたてるために教師・小説家になろうと奔走し、文学史に残る小説を2冊(『ジェイン・エア』と『ヴィレット』)残しました。私がたまたま牧師館を訪れた3月31日は、シャーロット・ブロンテが亡くなった命日で特別な展示をしており、彼女と彼女の作品にたいして強い縁を感じました。『ジェイン・エア』は私が研究をはじめた最初の一冊であり、人生の大きな転機となった一冊です。

参考資料:『ジェイン・エア』(上・下)シャーロット・ブロンテ、大久保康雄(訳)、新潮社(2012/05)
ご紹介いただいた新潮文庫版ではありませんが、中野図書館には「世界文学全集」の一部として以下のものが所蔵されています。
シャーロット・ブロンテ著(阿部知二訳)『ジェイン・エア』(世界文学全集7)河出書房新社 1960年. 請求番号: 908/S/7 書誌ID: 290025142
また、厚木キャンパスの中央図書館には異なる訳者のものや、原著の英語版が所蔵されていますので検索してみてください。中野から取り寄せて借りることができます。

















