芸術学部 基礎教育

リレー連載・⼈⽣の転機となった⼀冊 -1-

今年度のリレー連載は、基礎教育の教員がこれまで読んだ本や映像作品などの中で、⾃分の⼈⽣に⼤きな影響を与えたと思われるものを紹介していきます。機会がありましたら皆さんもぜひ手に取ってみてください。今月は森谷美保先生にご寄稿いただきました。


人生の転機となった私の一冊 柳宗悦『雑器の美』

 風薫る5月も終わり、いよいよ梅雨の季節に入ります。

新入生のみなさんは、大学生活にも慣れてきたことでしょう。とはいえ、授業では難しい課題に直面して、参考資料で提示された本を読んでも、「わからない!難しい!どうしよう!ついていけない!」などと、不安を抱えることもあるのではないでしょうか。

 でも、大丈夫です。今わからなくても、できなくても、ある日突然、心にすとんと落ちてきて、地面に雨が吸い込むように、理解できる日が来るかもしれません。それによって人生が大きく変わっていく。私が学生時代に体験した、本にまつわるそんな不思議な話を披露いたしましょう。

 今から数十年前、美術にまったく関心がなかった私は、縁あって大学の美学美術史学科で学ぶことになりました。美術には苦手意識があったのに、美術史の授業を受けるうちに、とんでもなくドはまりして、すべての授業が楽しいという幸せな学生生活を過ごしていました。そんなある日、文化史系の授業の課題で提示されたのが、柳宗悦の『工芸文化』という本でした。岩波文庫の『工芸文化』を早速購入して読み始めました。

 ところが、読み進めても、読み進めても、内容を全く理解できません。ぜんぜん面白くないうえに、関心も持てない…。とはいえレポートを書かなければならないから、重要なのかな?と思うところに傍線を引いて、どうにかこうにかレポートは提出したものの、最悪の気分でした。そして私は、「柳宗悦=難解⇒二度と彼の本は読まない」と心に誓ったのでした。

 その後、時を経て、美術館の学芸員になった私は、なぜか器に惹かれ、食器を集めるようになりました。最初は若手作家の陶器などを、その後古い器「骨董」にも興味を持つようになり、数千円の小さな碗「蕎麦猪口(そばちょこ)」を入手したのです。私はその愛らしい器に魅せられました。そして、なぜこのような小さな器に、これほど惹かれるのか疑問を抱くようになったのです。

 この疑問を解くために読み始めたのが、日本の名随筆集シリーズ『食器』でした。本シリーズは器好きの作家、画家など著名人が、自分の愛蔵品にまつわるエッセイを収録したもので、その一つに、二度と読まないと決意した柳宗悦の『雑器の美』がありました。

 学生時代の苦い経験を思い出しつつ、読み始めたところ、まさに心にすとんと落ちて、目の前が開けていきました。「自ら器には美が湧いてくるのだ。私は厭(あ)かずその皿を眺め眺める」など、『雑器の美』には器に対する私の気持ちそのものが書かれていたのです。

 その後、柳宗悦の本を読み漁り、柳が始めた民藝運動について研究して、とうとう「私の専門は民藝です」と胸を張って言えるほど、現在では柳宗悦に心酔しています。

 みなさんも難しい本であったとしても、読まず嫌いにならないでください。もしかしたら、その本がいつかあなたの運命を変えてくれるかもしれません。

現在、この本は下記のちくま学芸文庫に収録されています。

柳宗悦 『新編 民藝四十年』(ちくま学芸文庫 ヤ-22-8) 筑摩書房

新編 民藝四十年

(本学中野図書館には旧版の岩波文庫版が所蔵されています。請求番号:750.4/Y 資料ID:200257260)

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