芸術学部 基礎教育

2013年度リレー連載 第7回:美術鑑賞入門 〜世に展覧会がなくならない限りは・・・・・・

*この記事は、石川健次 基礎教育教授が執筆しました。

初めて見た展覧会が何だったかは思い出せません。でも、深く印象に刻まれた最初の展覧会は覚えています。実家に近い山口県宇部市で開催されている「現代日本彫刻展」(現在のUBEビエンナーレ)でした。中学生だった私は、野外の公園に点在する摩訶不思議な物体――抽象作品が多かったせいでしょう――に、「何これ?」と思わず叫んでいました。

以来、展覧会をめぐり歩くのが楽しみになり、展覧会をもっと楽しむために美術について学ぼうと大学では美術史を専攻し、気づくと入社した新聞社で美術記事や美術評論を書き始めていました。多い時で国内外合わせて1年間に1000くらいの展覧会を見ていました。この中には美術館などで開催される大規模な展覧会はもちろん、ギャラリーなどで開かれる小規模な展覧会も含まれます。朝から晩まで文字通り展覧会をはしごする毎日です。幸せでした。と言って、今が不幸せというわけではありません。
本学に転じてからは、訪れる展覧会の数はめっきり減りました。何より年齢を重ねて腰が重くなったせいか、遠出するのがやや億劫になってきた気がしています。でも、「サンデー毎日」など雑誌に連載しているアートコラムのネタを探すためにも、展覧会めぐりは欠かせません。

今年もいい展覧会が目白押しでした。レオナルド・ダ・ヴィンチ(東京都美術館)、ラファエロ・サンツィオ(国立西洋美術館)、ミケランジェロ・ブオナローティ(国立西洋美術館/開催中、11月17日まで)とイタリア・ルネサンスを代表する3巨匠が揃い踏みしました。西洋の巨匠と言えば、「ルーベンス展」(Bunkamuraザ・ミュージアムほか)や「エル・グレコ展」(東京美術館)、「ミュシャ展」(森アーツセンターギャラリー)も充実していました。
中世のフランスで、ある男性が自身の愛の証しとして女性に贈った巨大なタピスリーが並んだ「貴婦人と一角獣展」(国立新美術館)も忘れられません。国内に目を移すと、江戸時代に関東文人画の大成者として江戸画壇に君臨した谷文晁の全貌に迫った「生誕250周年 谷文晁展」(サントリー美術館)も、その豪放磊落(ごうほうらいらく)、大酒のみで仕事もできる希有な人間像を深く掘り下げた好企画でした。

終わった展覧会ばかり何を今さらとお叱りを受けそうなので、まだ見ることができる、あるいはこれから楽しみにしている展覧会に目を向けてみます。今年は、仏教や神道にも深く触れることができる年にもなりました。「国宝 大神社展」(東京国立博物館)には、合わせて160件もの国宝、重要文化財が並びました。本展は来年1月から九州国立博物館でも開かれます。「国宝 興福寺仏頭展」(東京藝術大学大学美術館/開催中、11月24日まで)には、〝白鳳の貴公子〟と呼ばれ、凛とした風情が印象的な国宝の銅像仏頭が並んでいます。

現代美術では、ポップ・アートの粋を集めた「アメリカン・ポップ・アート展」(国立新美術館/開催中、10月21日まで)をはじめ、デジタル技術を駆使して写真の可能性を大きく拡大した「アンドレアス・グルスキー展」(国立新美術館)は来年2月から国立国際美術館(大阪)でも開かれます。近代日本画では、東西の雄と謳われる横山大観と竹内栖鳳を回顧する展覧会が同時期にそれぞれ開かれています。「横山大観展 良き師、良き友」(横浜美術館/開催中、11月24日まで)「竹内栖鳳展 近代日本画の巨人」(東京国立近代美術館/開催中、10月14日まで)です。後者は10月22日から京都市美術館に巡回します。スヌーピーやチャーリー・ブラウンが描かれたキャラクター商品に親しんだ世代としては、それらキャラクターが活躍するアメリカのマンガ「ピーナッツ」の原画が初来日する「スヌーピー展」(森アーツセンターギャラリー/10月12日~来年1月5日)にも期待大です。

日本で人気の印象派も今年、さまざまな趣向で盛んに紹介されています。印象派の作品が中心に並んだ「奇跡のクラーク・コレクション―ルノワールとフランス絵画の傑作」(東京・三菱一号館美術館ほか)のほか、横浜美術館からスタートして巡回中の「プーシキン美術館展」(神戸市立博物館/開催中、12月8日まで)には、ロシアの富豪たちが収集した印象派の傑作が並んでいます。東京富士美術館で10月22日から始まる「光の賛歌 印象派展」(来年1月5日まで)も、「世界の有名美術館から印象派の名画が集結!」と晴れがましいキャッチコピーがチラシに躍っていて、いやがうえにも期待が高まります。

秋と言えば恒例の「正倉院展」(奈良国立博物館/10月26日~11月11日)がまもなく始まります。65回目を迎える今年は、まばゆいばかりの極彩色に彩られた≪漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん)≫が話題を集めそうです。昨年は、とりわけ紺色のガラスの酒器≪瑠璃坏(るりのつき)≫に身も心も酔いしれました。今年はどんな感動に浸れるのか、今からワクワクです。でも、こうして振り返ると、自分でも呆れるくらい何の脈絡もなく、雑多に楽しんでいるなあと思います。

さて、展覧会ではその都度、図録を購入します。学芸員が精魂を込めて編んだ浩瀚なものから薄い紙1枚のリーフレット状のものまで、あるいは詳細な研究論文から簡単なアーティスト・ステイトメントまで、その形式や内容はさまざまです。そうした図録は、必ず展覧会を見たその日に読み切ることにしています。一粒で2度おいしい思いが味わえるからなのは言うまでもありませんが、実は生来の怠け者だと自覚しているので、いったん読まずに書棚にそろえてしまうと二度と目を通さないことになりかねないという不安があるからです。

薄いものは展覧会からの帰りの電車の中で、分厚いものは自宅に帰ってからじっくりと、時には朝方まで時間をかけることもあります。何か新たな発見や「へぇ~」と思うことがあった時、もう一度展覧会を見て自分の目で確認することにもこだわっています。申し遅れましたが、私は日本美術史や博物館学などを担当している基礎教育の教授で石川健次と申します。専門に特化した研究はもちろん続けていますが、雑多に楽しんでいる展覧会を通して得た知識や情報が、多かれ少なかれ養分になっているのは間違いないように思います。展覧会に育ててもらったと思うこともあります。

でも、正直に言って学ぶために展覧会に行っているつもりはありません。中学生の時に「何これ?」と思わず叫んでいた、あの頃と同じ気持ちで出かけています。とまで言うと、いささか言い過ぎかもしれません。連載のネタ探しもあるわけですから。あの頃と同じ気持ち、未知なもの、多様なものに出会いたい、出会う喜びに浸りたい、とそんな思いで出かけているつもりでいます、が正しい言い方でしょう。ただ、いずれ定年を迎えても、時間を持て余すことはないのではと期待しています。世に展覧会がなくならない限りは・・・・・・。

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2013年度リレー連載 第8回:ジェンダー論入門―別の視点から物事を見てみよう―

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