芸術学部 基礎教育

リレー連載「2021年 良かった展覧会、楽しみな展覧会」

*この記事は石川健次基礎教育教授が執筆しました。

みなさん、こんにちは、基礎教育の石川健次です。新型コロナウイルスの世界的猛威が続いています。昨年は展覧会の延期や中止、さらに美術館の休館も相次ぎました。今年はそうした延期や中止、休館とまでは至らないものの、入館に際しては消毒や検温の徹底、事前予約や入場制限などが行われ、多様な感染対策がすっかり定着した感があります。

昨年は一時期、美術館へ全く足を運ばないときもありました。現在は毎週、少なくとも数カ所の美術館を訪ね、展覧会を楽しんでいます。本ブログでは、今年上半期で良かった展覧会と下半期に開催予定の楽しみな展覧会を紹介したいと思います。あくまでも前者については、私が見た展覧会のなかで私が良かったと思う展覧会で、後者は私が楽しみにしている展覧会です。きわめて個人的な印象に基づくことを、念のため言い添えておきたいと思います。

良かった展覧会のなかで、まずユニークという点で群を抜くのは、「電線絵画展 小林清親から山口晃まで」(2月28日~4月18日、東京・練馬同区立美術館)が挙げられます。明治から大正、昭和、平成、そして令和に至るまで、電線や電柱が描かれた絵だけを集めた展覧会でした。美観を損ねるなど邪魔者扱いされることもしばしばな電線、電柱を主題に取り上げた絵が、まずどれだけあるというのか? そういう絵ばかり集めていったい何が面白いの? というのが会場を訪れる前の私の思いでした。

私の邪推は見事に裏切られました。とても面白い展覧会でした。多くの画家が電線、電柱に関心を抱き、絵にしていました。たとえば近代という時代には、電線や電柱は街の都市化とともに増大、拡大してゆきました。いわば都市化のシンボルだったわけです。鉄道が敷かれれば鉄道が、高層ビルが誕生すれば高層ビルが主題となるように、電線や電柱は都市化の象徴として描かれました。モダン都市の証でもあったわけです。近代洋画の雄、岸田劉生の代表作《道路と土手と塀(切通之写生)》は典型でしょう。

現在開催中の「春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46」(11月28日まで、東京・東京国立博物館 表慶館)には度肝を抜かれた、あるいは意表をつかれた気がしました。日本美術史上屈指の名作と人気アイドルグループ、乃木坂46のコラボレーション展です。

具体的に説明しましょう。たとえば、江戸時代後期に活躍した琳派の代表的な絵師、酒井抱一の最高傑作《夏秋草図屏風》が部屋の真ん中に置かれ、左右にスクリーンが置かれています。左右のスクリーンでは、乃木坂46の山下美月と久保史緒里がそれぞれ絵の主題に重なるようにパフォーマンスを演じる映像が映し出されています。2人のパフォーマンスを道しるべに、《夏秋草図屏風》の芸術世界にいっそう深く分け入ろうという趣向でしょう。

ほかに〝浮世絵の祖〟とも謳われる菱川師宣の《見返り美人図》など合わせて7点の名作が、それぞれ乃木坂46のメンバーが作品の主題と響き合うように演じるパフォーマンス映像とともに紹介されています。名作はいずれも高精細の複製ですが、次世代の鑑賞体験、エンターテインメントとして、あるいはその大いなる可能性ということでも興味をひかれました。

時空を超えて芸術家が出会い、シンクロし、融合し、挑発し合うという点で、「春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46」と並んで印象に強く残るのが、やはり開催中の「川端龍子vs.高橋龍太郎コレクション―会田誠・鴻池朋子・天明屋尚・山口晃―」(11月7日まで、東京・大田区立龍子記念館)です。大正から昭和にかけて活躍した日本画家で、豪放で桁外れの大画面で知られ、〝日本画壇における風雲児〟とも呼ばれた川端龍子(1885~1966)と、1965年生まれの会田や69年生まれの山口ら現代活躍中の人気アーティスト4人の作品が並んでいます。

古今というほどには時空の隔たりはないように思いますが、近代日本画を代表するひとりである龍子と最先端のアートが共演するこの試みの意図はどこにあるのでしょうか? タイトルに「vs.」とあるので、何やら不穏な空気を感じないわけではありません。本展図録には、こう書かれています。「日本近代美術の画家である龍子の作品をモニュメンタルな存在とせずに、いかに『いまここ』の現代性を持たせうるか」と。言い換えれば、龍子の作品は歴史のなかに置き去りにされた、誤解を恐れずに言えば過去の遺物になり果ててしまったのか、あるいは今も色あせることのない輝きを放ち続けているのか、それを世に問うためにあえて今最も人気の高いアーティストの作品と並べてみた、ということでしょうか。

その問いへの答えは、見た人がそれぞれに見出すことでしょう。龍子は「いまここ」を生きている、それが私の答えです。図版に挙げているのは、本展に並ぶ龍子の作品のなかでも特に印象深い《夢》という作品です。芭蕉の『おくのほそ道』をめぐり、追体験する旅で岩手県平泉町の中尊寺・金色堂を訪ねたのを機に描かれました。

川端龍子《夢》1951年、大田区立龍子記念館蔵

タイトルの夢は、芭蕉が平泉を訪れた際に詠んだ「夏草や 兵どもが 夢の跡」に由来しています。棺の周りを幻想的に舞う蛾の群れに、栄枯盛衰の世を、その理を思わざるを得ません。

長く書き過ぎてしまったようです。これから開催予定の楽しみな展覧会に駆け足で触れたいと思います。エルサレムにあるイスラエル博物館が所蔵する印象派とポスト印象派の傑作が並ぶ「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜―モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン」(10月15日~2022年1月16日、東京・三菱一号館美術館)では、日本初公開の作品が多数紹介されます。プレスリリースやチラシに躍る「あなたの知らないモネが来る。」というキャッチフレーズには、やはり少なからず心も躍ります。

研究者の端くれとして興味津々なのが、「学者の愛したコレクション―ピーター・モースと楢崎宗重―」(10月12日~12月5日、東京・すみだ北斎美術館)です。葛飾北斎の《諸国瀧廻り》シリーズに関する論文を書くなど北斎研究で知られるピーター・モース氏(1935~93)――実は、大森貝塚を発見したエドワード・モース氏の血縁(弟の曾孫)――は、北斎作品のコレクターでもありました。また、昭和から平成にかけて活躍した美術史家の楢崎宗重氏(1904~2001)は、戦後間もない時期に『北斎論』を刊行するなど浮世絵研究に生涯を捧げたほか、美術史上重要な作品や資料など貴重なコレクションも築きました。

稀有な研究者が自身の眼で選んだ作品とは? 自分の趣味がどれだけ反映しているのか? あるいは、知的関心が優先されていたのか? 知り得ない内面、素顔にも触れるようで、とても楽しみです。

まだ触れたい展覧会は、尽きません。おしゃべりをしないのが原則の美術館、展覧会ですが、いつも以上に余計な口をきかず、もちろんマスクの着用や消毒など感染対策も尽くして、みんなで楽しめればと願っています。

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