こんにちは。基礎教育准教授の大森弦史です。
2020年度は前期にひきつづき、後期授業もその多くが遠隔で実施されることになりました。学生の皆さんにしてみれば釈然としないところも多々あるかとは思いますが、皆さんの安全と健康が第一ですからね。私も普段と変わらない内容・レベルで授業を届けられるようつとめますので、お互いがんばっていきましょう。
そういう私も調査のための旅行や美術館・図書館利用がままならず、今年前半の研究活動はほとんど滞ってしまいました。しかし4〜5月に自宅待機を余儀なくされたおかげ(?)で、いつもはグダグダ先延ばしにしてしまう論文を1本まとめることができました。ちょうど今月、それが載った共著が出版されたので、この場を借りてすこし紹介させていただきます。
○ 小野寺玲子責任編集『イギリス美術叢書V メディアとファッション:トマス・ゲインズバラからアルバート・ムーアへ』ありな書房、2020年9月(税込4,950円) https://honto.jp/netstore/pd-book_30519600.html
5人のイギリス美術史研究者による論文集で、私は第3章「ジョージ・バクスターとバクステロタイプ ── 一八五〇年代イギリスにおける複製版画と複製写真」を執筆しました。
タイトルからして見慣れないワードばかりですが…、ジョージ・バクスター(George Baxter,1804-1867)は19世紀前半のロンドンで活動した版画家、そのバクスターが1854〜55年に制作した版画シリーズが「バクステロタイプ(Baxterotype)」です。
バクスターは色彩版画の商業化に成功したパイオニアです。しかしバクステロタイプは、カラーではなく、わざわざモノクロで制作された点に特徴があります。実はこのシリーズ、当時の紙写真(アルビュメン・プリント)を模倣した、なんとも珍妙な版画なのです。
写真術が台頭してきた1850年代、それまでイメージ複製術の玉座にあった版画はその地位を大いに揺さぶられました。自分の名前を冠したバクステロタイプは、初期の写真術であるダゲールの「ダゲレオタイプ」、タルボットの「タルボタイプ(カロタイプ)」に対抗しようとした試みだったわけです。
結果としては芸術的にも経営的にも惨敗で、バクスターにとっては黒歴史と化しましたが、それでも、美術史・写真史双方にまたがるイメージ複製術の「王朝交替」を考察するうえできわめて興味ぶかい事例であったといえます。…と、テーマがマニアック過ぎではありますが、興味が出てきた人は、ぜひ本を手にとってみてください。
意外なことですが、美術史と写真史にまたがる横断的な研究は世界的にもほとんど進んでいません。そういう意味で、この論文はけっこう意義あるものと勝手に思ってたりもします。私は美術史(版画史)の専門家ですが、日本最古の写真大学である東京工芸大学に籍を置いていることは大きな幸運といえそうです。今回、ひとつの足がかりができたので、もうすこし腰をすえて、あれこれと掘り進めてみようかなと考えているところです。
いずれこのブログでも成果を紹介できれば何よりです。…ニーズがあるかはともかく。