*この記事は、松中義大基礎教育准教授が執筆しました。
遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。本年も基礎教育ブログをよろしくお願い致します。
1月のリレー連載担当の松中義大です。
私の専門分野は、「認知言語学」という分野です。言語学とは、ことばの仕組みを解明する学問分野です。例えば、世界中のことばの音や文法の体系がどうなっているか、また、ことばを使ってどのように人々はコミュニケーションを行っているのか、などについて研究しています。その中で、認知言語学とは、一言で言うと、「言語の能力・知識を人間の認知システムに基づいて研究する」というもので、言語の意味はすべてが自律的・恣意的に決定されるのではなく、身体的・経験的基盤に根ざすものであるという立場を取ります。たとえ抽象的な概念(とそれを表す言語)であっても、より具体的な経験などを基盤として、メタファー(隠喩)などによって推論することで理解し、体得していると考えます。例えば、時間に関する言語表現は、空間に関する表現が比喩的に(ただし比喩とは感じないほどに慣用化されて)用いられています。「過去を振り返る」と我々が言う時、「過去」が話者の背後空間に存在し、それを体の向きを回転させて認識するかのように言語化されています。このように、身体の前後左右に基づく身体的・経験的な空間(平衡)感覚が、時間感覚の元になっているわけです。
さて、本学では、「色の国際科学芸術研究センター」という組織を設立し、全学的に色に関する教育研究を推進しており、私もその一員に加わっています。光のうち特定の波長が人間の網膜に刺激を与えて色として認識されますが、その認識した色をどのように区分するかは、言語・文化の影響を受けています。色名・色彩語は、区分の仕方やその詳細さは各言語で極めて異なります。例えば、日本語の場合「青信号」という表現で示される色は青ではなく緑色です。つまり、古い日本語では「あお」がカバーする色の範囲が広かったと推測されます。このように、視覚がとらえた色をどのように認識・認知するか、という点では、言語と極めて密接に関連していると言えるでしょう。私の最近の研究では、きわめて基本的な認知・認識プロセスである色の知覚がどのように我々の概念形成や言語と関わるのかを認知言語学の観点から解明を試みています。さらに、日本語では「灰色の人生」「黄色い歓声」などのように色彩がいわば比喩的に意味拡張している例が見られ、「この問題に白黒をつける」「腹黒い人」のように色彩(白 vs. 黒)が我々の道徳・倫理的価値観と結びついている例も見られます。こうした意味拡張のメカニズムについて解明することも目指しています。
色の知覚は極めて基本的な人間の知覚能力です。赤ちゃんは生後数ヶ月で色を識別し始めます。ということは、そうした基本的な(身体的な)経験的基盤が、何らかの形で人間の概念形成や、言語と関連があるのではないか、ということが考えられるわけです。様々な先行研究によって、色の好悪などの感情・感性との関連は解明が進んでいますが、本研究では、色と概念との関連性について研究を進めています。
昨年度から、ある語(概念)について直感的にどのような色が連想されるか、について調査を行っています。東京工芸大学芸術学部生で、私が担当している基礎教育系科目の受講者のうち、調査への参加に同意した学生160名を対象としました。回答者には、13色の色見本を渡しておき、口頭で話した語(例:「未来」)から連想される色を色見本から一つ直感で選んでもらうこととしました。調査の結果、それぞれの項目で統計的に有意な回答の偏りが見られています。
・感情については、肯定的なもの(よろこび、幸せ)が暖色系であるのに対し、否定的なもの(悲しみ)は寒色系である。ただし、怒りは「赤」が突出する。これらは、感情の身体的・生理的基盤と合致するとみられます。
・「友情、信頼、希望」と「裏切り」についても同様に色でも対照が見られる。これは、「友情」「信頼」などは「人間関係の近さ→物理的な対人距離の近さ→温覚の刺激」ということなのかもしれません。
・「未来」は白と青系統、黄が主流である一方で、対義語である「過去」は、灰色、青系統となっています。
本来、抽象概念とされるものは、抽象的なのですから色の属性は持たないはずですが、このように規則的な色との対応関係が観察されるということは興味深く感じています。この、色と概念を対応付ける理由は何なのか、今後の研究で解明を進めていこうと考えています。