芸術学部 基礎教育

2015年度リレー連載第8回「11月の話:11月1日は古代ケルト歴のお正月」

※この記事は、鈴木万里 基礎教育教授が執筆しました。

11月担当の鈴木万里です。

11月に入るとあちこちで紅葉の便りが聞かれ、木枯らしが吹いたりして、「そろそろ今年も終わりに近づいてきたなあ」と少し物悲しい気分になる方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、大昔ヨーロッパには11月1日を1年の始まりとしていた人々がいたのです(正確には10月31日の日没からですが)。これが現在日本でも急速に広まってきたハロウィーンの起源とされています。

「ハロウィーン」とは、仮装したり、カボチャのお菓子を食べたりして賑やかに楽しむイヴェントとして、この数年来取り上げられることが多くなりました。でもなぜ仮装?なぜカボチャ?と聞かれると、実はよくわかりませんよね。というわけで、今回は古代ケルトの暦と風習についてのお話です。

まず、「ケルト」について簡単なご紹介。ケルトは青銅器時代に中央ヨーロッパに居住し、鉄器時代にはオーストリアのハルシュタット文化(BC1200-500)、スイスのラ・テーヌ文化(BC500-200)を残しました。BC5世紀頃が最盛期といわれ、ヨーロッパの広範囲に居住地が及んでいたようです。パリ、ロンドン、ベルン、セーヌ川、テムズ川、ライン川、ドナウ川など、ヨーロッパの地名にはケルト起源のものが数多くあります。しかし次第にゲルマン民族の移動やローマ帝国の勢力拡大にともなって、1~2世紀にはヨーロッパの西端、すなわち、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、マン島(英国とアイルランドの間)、コーンウォール半島(英国南西部)、ブルターニュ半島(フランス北西部)までケルト圏は縮小しました。現在でもこれらの地域はケルト系文化や言語を一部保持しています。多数の部族に分かれて対立したため、高い戦闘能力や文化をもちながら中央集権化せず、ローマやペルシアのような大帝国を作ることはありませんでした。しかし、ケルト文化はヨーロッパの基層文化と考えられています。

ケルトの人々は文字をもたなかったため、古い記録は残っていません。ドルイドと呼ばれる神官やバルドという詩人が神話や歴史など重要な情報をすべて暗記し、口承で伝えたといわれています。そのため、ケルトに関する文献はほとんど外国人によるものです。たとえば、BC5世紀のヘロドトス(ギリシアの歴史家)、BC1世紀のカエサル(ローマの武将)、10世紀以降のキリスト教修道士たちなどです。

アイルランドでは5世紀以降キリスト教が広まっていきますが、もとは多神教による独自の神話と文化をもっていました。暦もそのひとつです。ケルトの暦は11月1日が年初でサウィン(Samhain)と呼ばれました。1日の初めを日没と考えたので、正確には10月31日の日没から11月1日の日没までです。この日には異界と地上との間の通路が開かれて、祖霊、妖精、魔女などが来訪します。妖精というと愛らしい姿を想像しがちですが、ケルトの妖精は、没落したかつての神々トゥアハ・デ・ダナーン(ダーナ神族)ともいわれ、人間に禍をもたらしたり、悪戯したり、死を予言したりするかなり不気味な存在です。つまり、ハロウィーンで子どもたちが魔女やお化けの扮装をするのは、異界からやってくる超自然的な異形の者たちを表しているわけですね。かつてサウィン祭では、神官ドルイドが篝火をたいて、作物と動物の生贄を捧げる行事が行われたそうです。11月1日朝には火の燃えさしを家々に配り、かまどの火を新しくして悪霊を防ぐ風習があったといわれます。「死と再生」の儀式によって、1年の初めに新たな活力を蘇らせる機能をもっていたのです。

その後、キリスト教の影響を受けて、11月1日「万聖節」の前夜祭がハロウィーンとして位置づけられました。All Hallows eve が Halloween に転化したわけです。カボチャをくりぬいたランタン Jack-o’-lantern は鬼火を模したもので、ハロウィーンのシンボルとなっていますが、もとは大きなカブを使っていたようです。19世紀に移民したアイルランド人によってアメリカに伝わり、1950年代頃から、仮装した子どもたちが家を回ってお菓子をもらうという風習が始まりました。今の形はかなり新しいわけですね。

ところで、一年のうち特定の時期に異界から祖霊や精霊が来訪して、人間がもてなすという習慣は、日本の「お盆」とよく似ています。ケルトの神話や伝説は断片的にしか残っていませんが、日本の昔話や民話に通じる特徴があるのは興味深いことです。「浦島太郎」によく似たお話もあります。異界と現世が連続していて、ある時期にだけ往来が可能になるという発想、自然崇拝や霊魂不滅も、両者に共通です。明治時代に日本で英語や英文学を教えていたLafcadio Hearn(小泉八雲)が、日本の昔話や怪談に強く魅せられたのは、カトリックに懐疑的でケルト文化に強い関心を抱いていたからかもしれません。ちなみに、彼のファースト・ネームはPatrickで、アイルランドの守護聖人の名です。父親はアイルランド人でした(母はギリシア人)。

というわけで、もうすぐ1年が終わってしまうと考えるかわりに、発想を変えて、11月は新しい年の初めのつもりで、今月新たなことにチャレンジしてみるのもよいのではないでしょうか。

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