「ジェンダーとアート」「外国文学」と英語科目を担当している鈴木万里です。今回はもっとも履修者の多い「ジェンダーとアート」についてご紹介します。
科目名ですぐに内容が推測できる科目ではないために、「『ジェンダーとアート』っていったい何をするの?」という疑問をおもちの方も多いと思います。「ジェンダー」とは「社会や時代が構築した性別による固定的なとらえ方」を意味します。わかりやすく言えば、「男はこうあるべき(積極的で頼りがいがあって経済力がある、とか)」「女はこうでなくては(美しく、優しく、生意気でなく、など)」というような、世間の無言の圧力みたいなものです。このような男女の規範は普遍的なものではなく、時代によって大きく変化してきました。現在の価値観が成立したのは、ヨーロッパで近代市民社会が成立した18~19世紀です。社会に期待される人間像が時代によってどのように変化したかを探るには、さまざまな時代のおとぎ話を読み比べてみるとよくわかります。
私たちが幼いころからなじんでいる西洋のおとぎ話には数多くのバージョンがあります。もとは口承文学(文字で記録される以前に口伝えで語り継がれてきた話)として各地に伝えられてきた物語が、さまざまな時代に文字化されてきました。その際に、記録される時代の価値観や人間観に合うように、書き換えられたのです。もとの話はびっくりするような展開や、意外な結末のものもあります。たとえば、現在たどれる最も古い「赤ずきん」では、お祖母さんの肉を食べるのは狼ではなく、孫娘(赤ずきん)です。彼女は危険を察知し狼をだまして自分の知恵で窮地を逃れる賢い主人公です。また、「シンデレラ」は9世紀の唐の物語から派生したといわれていますが(古代エジプト起源という説もある)、ヨーロッパ最古のシンデレラは、意地悪な継母を殺すところから始まります。ディズニーの映画に登場する清純なヒロインとはイメージがまったく異なります。さらに、「眠れる森の美女」の中世版では、主人公は眠っている間に妊娠し、出産後に目覚めて過酷な試練にさらされます。実は、私たちが知っているおとぎ話は、18~19世紀に大幅に書き換えられた近代メルヘンや、それをもとに20世紀に絵本や映画用にリメイクされて、流布したものなのです。
おとぎ話の変遷をたどってみると、18~19世紀を境にして、人物像、筋の展開、結末などに大きな変化が見られます。おおざっぱにいうと、古い時代の女性像は知恵があって積極的に行動し、自分で問題を解決します。ところが、19世紀以降の女性像は美しく無力で、受動的で、危機に際しては男性に救ってもらいます。一方、古い時代の男性像はいい加減で自分勝手、暴力的な場合すらありますが、19世紀以降は真面目で勇敢で強い男性が主役となります。つまり、主人公となる人間像が大きく変化して、女性は弱く消極的に、男性は強く積極的になっていくことがわかるのです。なぜ、このようなことが起こったのでしょうか。背景には歴史的な社会の変化があります。社会構造や社会通念が大きく変わるとともに、望ましい男性像・女性像も大きく変わっていったのです。
講義では、どのようにおとぎ話が変化をとげていったのかを確認し、それぞれの時代の価値観やジェンダー観の特徴を読み取っていきます。おとぎ話が大幅にリメイクされた18~19世紀には、「家族」「恋愛」「結婚」「子ども」などについての概念が新たに構築されました。口承文学として中世以来さまざまな語りのパターンをもっていたおとぎ話は、近代以降に市民階級の価値観、家族観に適合するように作り変えられていきました。グリムやディズニーの作品に典型的にみられるように、武器をもつ男性が活躍して問題を解決し、美しい女性は男性の救助を待ち、幸せな結婚で終わる定型ができあがったのです。
現代でも、このようなおとぎ話に繰り返し接して育ったために、男女ともにこの定型を内在化させている傾向があります。数年前に新聞に掲載されたアンケート調査でも、男性は結婚相手の容貌を重視し、女性は相手の経済力を重視しています。社会の急速な変化に伴って、人々の生き方の選択肢は増えて、価値観も多様化しているはずですが、無意識のうちに自分の生き方を狭く規制してしまっているとしたら残念なことです。新たな生き方のモデルを模索するためにも、これまでの物語を読み直し分析して、そのメッセージを正しくとらえ、今後どうあるべきかを考えていくきっかけにしたいと考えています。
「おとぎ話の比較」以外にも、この講義ではさまざまな話題を扱って、別の視点からものごとを見るということをめざしています。幼い頃からなじんできた物語だけでなく、日常何気なく接しているCMやポスター、広告、新聞・雑誌の記事なども、ジェンダーの視点から読み直してみると、意外な側面が見えてきます。また、普段あたりまえだと思っていることでも視点を変えて見ると、新たな意味や問題に気づくものです。自分の思い込みや誤解に基づいた偏見が明らかになる場合もあります。そのような「気づき」の経験を通して、固定観念を問い直し、より柔軟な思考と新しい発想ができるようになりたいものです。幸い、これまで受講してくれた多くの学生たちの情報提供がとても役に立っています。一方的に講義するだけではなく、ともに考えて、刺激しあっていく双方向的な授業をめざしています。