7月28日の投稿(「ASIATEFL(2))で問題を出しましたので、一つ目の問題の解説と回答例を示します。
一つ目の問題は以下のものでした。
1 次の会話のKeikoさんは英語では不適切となります。正しい英語のスタイルにふさわしくなるように直してみましょう。
Chris: Hi, wow! I like your scarf! It goes well with your blouse.
Keiko: Oh, no. Not at all. It was very cheap. I bought it at the super market summer sale.
Keikoさんの答えのどこが間違っているのでしょうか。文法的にはひとつも間違いはありません。
ここで問題となっているのは、誉めに対する応答です。Keikoさんは「スカーフがブラウスと似合っていてるわね~」とほめてもらっているのですが、それに対して「とんでもない。スーパーのサマーセールで買った安物よ」と言っています。
ポイントは
「英語の誉め」はあいさつの一部。
「英語の誉め」は相手の持ち物などに気づいたことを伝える言語行動。
みなさんも、髪を切ったのにだれも気づいてくれないとがっかりしたり、「髪、切ったの?」と言われるとちょっとうれしくなった経験はありませんか?
ところが日本語の誉めは、誉めることで相手を高くもちあげてしまいます。言われた方は誉められたら相手と同じ立ち位置に戻ろうとして、相手から受けた誉め言葉を否定する言語行動をとろうとします。 「髪切ったの?」だけだったらにこにこして「うん」と答えることが多いかもしれませんが、「髪切ったの?素敵ね!」と誉め言葉まで言われたら、「たいしてかえたつもりはないけど」や、「気がついたら美容師さんにこんなふうにされちゃった~」などちょっと否定モードに入っていませんか?
このように英語と日本語では言語行動が異なりますから、日本語での発想をそのまま英語にしては不自然な英語になってしまいます。
正解の回答例としては次のようになります。
Chris: Hi, wow! I like your scarf! It goes well with your blouse.
Keiko: Oh, thank you. I really like it, too. My boyfriend gave it to me!
文法は規則ですから「正解」があります。しかし、言語行動は文化・社会的の規制を受けて場面にふさわしい表現が選択されます。そういうわけで、ここでは正解ではなく回答例を示しています。ふさわしい表現は一つだけではありませんから。
また、文法間違いをすると「訂正」されますが、ふさわしい言語行動をしない場合は、相手に違和感や不快感を与えることがあり、最悪の場合には人間関係が築けなかったり、信頼されなくなったりします。
中学・高校の英語の授業では英語圏の文化にふさわしい言語行動の習得までなかなかカバーする余裕がありませんので、大学の外国語の授業ではこのようなところにも気を配っています (場面にふさわしい言語行動を研究する分野を語用論(Pragmatics)と言います)。
誉めに関するの日英比較の語用論研究によると、アメリカ人は平均して1日34回誉め言葉を言っていますが、日本人の平均は7日に1回だったことがわかりました。
また、外国語母語話者のための日本語会話のテキストでは「誉められたら謙遜する」という練習問題が出ています。日本語の言語行動では誉めを否定して謙遜することが肝心だからです。
A:日本語お上手ですね。
B: ( ) ←ふさわしい表現を入れる問題
などという練習です。(正解例は「いいえ、まだまだです。」)
また、外国語母語話者には、日本語では誉める相手、誉める内容も限定されているということも指導する必要があります。
「先生、きょうの授業は上手でした!」と生徒さんから言われたと、日本語教室の先生からエピソードを聞いたこともあります。
文化に優劣はありません。それぞれの文化・社会が生活の中で必要な価値観が長い時を経て育くまれてきました。
言語を学ぶときは、信頼関係や友好関係が築けるように、言語文化にふさわしい言語行動も身につけることが大切なのです。