*この記事は相澤久徳基礎教育教授が執筆しました。
8月の基礎教育ブログを担当する相澤です。
学生の皆さんは昨年に続きコロナ渦の影響で、なかなか自由に行動が出来ずに、大学での生活が早く正常な状態になってほしいと思いながら時間を過ごしているのではないのでしょうか。
昨年から今年にかけて、各地の美術館、博物館での特別展も中止や延期となり、楽しみにしていた特別展もなかなか思うように見に行くことが出来ずに、残念に感じている人も多いでしょう。今年の春には、東京国立博物館で話題になっていた特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」も、途中で展覧会が中止になり、再開ということになりましたが観に行けずに会期が終わってしまったということもありました。最近の展覧会は、完全な予約制を取り入れ、人数制限をするとともに体温測定、換気に注意することで少しずつ観られるようになってきています。
特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山のみほとけ」
公式図録
現在、東京国立博物館で行われている【特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」】も中止になるのではと心配していましたが、予約を受け付けていたので観に行きました。使用しているのは、「国宝 十一面観音菩薩立像」、「国宝 十一面観音菩薩立像 光背残欠」の写真です。聖林寺の「十一面観音菩薩立像、同光背残欠」は、奈良時代・8世紀の天平彫刻を代表する国宝の彫刻です。作品を所蔵している現地の奈良・聖林寺では何度も拝観させて頂いたことはありますが、特別展として間近に観ることができ、改めてその存在感に圧倒されました。最近の仏像彫刻の展覧会では、ガラスケースに入っていますが360度あらゆる角度からじっくりと仏様を鑑賞することが出来ます。普段見ることが出来ない側面から背面にかけての形や動き、ケースギリギリまで近づくことで発見できる細部の細工など、お寺で拝観するのとは違った状況で、様々な角度から彫刻としての素晴らしさを身近に感じることが出来ます。
聖林寺十一面観音像で私が残念なのは、光背の欠損が激しく光背を含めた全体像が見られないことです。これだけ存在感のある素晴らしい彫刻であり、光背の残欠の装飾の細工の素晴らしさからも当時の思いが伝わりますが、立像と光背の全体像からの空間を感じてみたいと思います。
国宝 十一面観音菩薩立像
光背残欠
奈良時代・8世紀
奈良・聖林寺蔵
以前、東大寺の仏像の特別番組で、三月堂(法華堂)の不空羂索観音立像の光背の位置がずれているのではないかと、CGで位置を合わせたものを見たことがありました。あくまでも個人的な感想ですが、少し位置をずらして元の姿に戻ったと思われる姿になっただけでも、仏様の世界観の素晴らしさや、全体感の迫力を感じた感動がいまだに残っているので、現在の聖林寺の十一面観音立像の静かな動きの中にも圧倒する存在感に感じられる素晴らしいお姿に加えて、光背のある状態で彫刻としての完成された空間を感じてみたいとの欲求があります。展覧会で実際に聖林寺十一面観音像の制作された光背のある当時の姿に想像を巡らせるだけでも、天平彫刻の素晴らしさが感じられることと思います。
現在、教職関係の講義を担当するとともに、彫刻の実技制作の授業も行い、モデリングの塑像作品の制作と、木の塊から形を彫り出すカービング制作を授業の中心とした立体作品を制作しています。木彫、塑造で仏像彫刻を制作するわけではありませんが、立体的な感覚というものは、平面での作品制作と違い、あらゆる方向から全体を見通し、物を見なければ、形のつながりや空間というものが表現できません。仏像と光背で作り出されるまとまりのある空間も、それぞれの存在の関係から大切であり、必要なものであると思います。やはり是非見てみたい空間感です。
彫刻の授業の中でも、はじめは一方方向から平面的な見方をして形がつながらずに、困惑している姿も見受けられますが、制作がすすむにつれ、様々な方向から観察し、形を求める姿が見られます。空間的な形のつながりを意識できてくると、ものの見方が変わってきます。
最近では漫画やアニメーションの作品の中でも、陰影をしっかりと表現し、強調している作品が多く見受けられますが、立体的な形や空間を把握していないと、光源がずれ形に合わない陰影になってしまうことがあります。そこで、自分のデザインしたキャラクターを粘土で立体にしてみると、形の変化やつながり、形に対しての陰影の付き方などが理解できてくると思います。平面の中ではなかなか理解できないことも、立体にして表現するとわかりやすくなります。自分の考え出したキャラクターが立体になるというだけでも、表現する楽しさが味わえるのではないでしょうか。
また、博物館では親と子のギャラリー「まるごと体験!日本の文化 リターンズ」が開催中です。夏休みということもあるかもしれませんが、各種体験や技術的な修復作業の解説など様々なコーナーもあり、興味のある人には楽しみながら参考になる時間になることと思います。実物の兜をかぶる体験と多色版画制作の体験をしてみました。
多色版画体験では、有名な写楽の浮世絵作品を制作するという体験です。用意された版を順番に刷っていくという体験ですが、基本的な版の刷り方を理解するとともに、刷り方で変わる作品の表情の変化から、版画それ自体の作品制作の面白さを感じることが出来ます。美術の授業の中で多色版画等の実際に経験のない人には、簡単に体験できるいい機会かもしれません。
東京国立博物館での特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」は、9月12日(日)までですが、他の仏様や仏具などの展示物に合わせ、見る側の興味に合わせて様々な方向、角度から作品にアプローチをし、鑑賞するのも面白いのではないでしょうか。
巡回展として、令和4年2月5日(土)から3月27日(日)まで、奈良国立博物館での特別展が予定されています。その頃には世の中が落ち着いて、通常の大学生活に戻り、自由に行動できるようになっていることを望んでいます。