芸術学部 基礎教育

リレー連載「辞書の話(といっても普段使う辞書ではありません)」

基礎教育の鈴木万里です。「ジェンダーとアート」、「外国文学」、「英語基礎」、「上級英語I」を担当しています。新型コロナウィルスの感染が収まらず、孤立している学生もいるのではと懸念しています。普段と違う日常でも生活のペースをなるべく崩さずに毎日を送って下さい。外出を控えるようになって10ヶ月近くになり室内にいる時間が長いので、今回は辞書のお話をしようと思います。といっても、皆さん普段は電子辞書やスマホのネット辞書を利用することが多く、紙の辞書にはあまりなじみがないかもしれませんね。ご紹介するのは、最初の完成までに70年を要し、20巻におよぶ長大な英語の辞書です。オクスフォード英語辞典Oxford English Dictionary、略してOED。図書館などで見たことがあるかもしれません。言語学や英米文学を学ぶ学生や、研究者以外には利用する機会はまずないような辞書です。存在すら知られていないかも。

並べると圧巻ですね〜。1冊につき縦31cm、横25cm、厚さは平均8cmくらいあります。とても重いので取り出すのも開くのも一苦労。この辞書はあらゆる英語の単語の、初出から現在までの歴史的な変遷をたどる点に特徴があります。単語の語源、語形、歴史的変化、文献で初めて登場した年代と引用、その後の意味の変化とその年代や引用など、網羅的に掲載されています。すでに使われなくなった単語や、使われなくなった意味も知ることができます。いわば、それぞれの単語の「履歴書」ですね。よくもこれだけの作業を成し遂げようと考えたものだと、つくづく感心します。数百年をかけて教会を建設する事業にも匹敵します。最初に手がけた人は自分の生存中に完成させることは難しいとわかっていても、誰かがきっと続けてくれると信じて始めるわけですね。かっこいいな〜。私もそんな仕事がしたいものです。

1857年に編纂が開始され、1928年に第1版の全10巻が発行され、その後も編纂が続けられて、1989年に第2版として20巻+補遺3巻が発行されました。2000年からは第3版の編纂が始まり、現在進行中です。第3版は電子版のみの発行になる見込み。膨大な数の用例を集めるためにこれまで多数のボランティアが協力してきました。専門家だけではなく、一般の人々も編纂に加わっているなんて素晴らしいですね。

数多くの協力者の中で最も貢献した人物として知られているのが、精神を病み乱射事件を起こして、殺人犯として刑事犯精神病院に収監されたアメリカ人の元軍医ウィリアム・マイナーです。サイモン・ウィンチェスターのノンフィクション『博士と狂人−世界最高の辞書OEDの誕生秘話−』に描かれています(2019年にはメル・ギブソンとショーン・ペンの主演で映画化されました)。画期的な辞書作りが始まったと聞いて深く共鳴し、20年近くにわたって用例を一心に集めて編纂室に送る気迫には感銘を受けます。名門の出身で教養豊かであったマイナーにとって古今の名作を読んで文例を集める作業は、きっと心の支えになったことでしょう。彼は85年の生涯のうち50年近くを精神病院で過ごしました。

また、オクスフォード大学教授であった言語学者トールキン(『指輪物語』の作者)は古英語Old English(11世紀以前の英語)や古ノルド語(スカンジナビアの古言語)などゲルマン語の専門家で、W以降の項目を担当しました。ちなみに、トールキンはオクスフォード大学に移る前には、私が1990年代に留学していたリーズ大学で教えていました。「この校舎にトールキンがいたわけね」とわくわくしながら、大学院の授業を受けていました。ちなみにトールキンの伝記映画も2019年に製作されました(「トールキン旅のはじまり」)

私も大学時代に思い切って20万円を投じてOEDを購入しました。これを使って、エドマンド・スペンサーの『妖精の女王』(16世紀)やジョン・ミルトンの『失楽園』(17世紀)など古典的名作を、苦労しながら先輩たちと研究会で読んだことを、懐かしく思い出します。自分の担当箇所がOEDに引用されていると、うれしくなったものです。また、OEDの初出よりも古い文例を見つけると「やった〜!」と大喜びでした。文字が小さく読みずらくて、目が疲れること。その後、CD-ROM版が出て、今ではオンライン版と、どんどん便利になりましたから、今では開くこともなく、自宅の書庫に眠っています。かわいそうに。今回久しぶりに取り出して開いてみました。やっぱり文字が小さいなあ。

2021年4月から8号館1階に学修サポートセンターができる予定です。退職された先生が残していったOEDを備え付けることにしています。是非立ち寄って、一度開いて見て下さい。多くの人々の膨大な時間と手間と熱意によって誕生した辞書を、手に取って見て下さい。たとえ一生使う機会がないとしても、こんな辞書が世の中に存在するのだと知ると、少し元気が出ますよね(そうでもない?)。

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