こんにちは。基礎教育准教授の大森弦史です。今年度のお題は授業・研究紹介ということですが、今ちょうど開催中の展覧会から、話をはじめてみることにします。
* カラボギャラリー第3回企画展「色を探検する展」
2018年9月15日〜2019年4月19日、東京工芸大学厚木キャンパス
https://www.color.t-kougei.ac.jp/events/events28_14.html
この展覧会に、研究発表の一環として私も参加しておりまして、「19世紀のカラー印刷」と題し、イギリスの版画家ジョージ・バクスター(George Baxter, 1804-1867)の色彩版画を展示しています。
カラフルな印刷物に囲まれている私たちには想像がつかないことですが、カラー印刷を気軽に享受できるようになったのは、実のところ、つい最近のことです。印刷とは、文字や絵が表された版にインクをつけて紙などに刷りうつすことをいいますが、原則的には1つの版から1色しか刷ることができません。したがってカラー印刷を実現するには、複数の版と複数の色インクを用いる必要があるわけです。しかし、これがとても手間のかかる工程だったため、版画のような印刷物に色が必要なときには、手で彩色するのが当たり前の時代のほうが長かったのです。
もちろん、西洋においてカラー印刷は16世紀ごろから、たびたび試みられてきました。しかしあくまで実験レベルや、高価で希少な芸術作品の制作に限られており、一般に普及することはありませんでした。
バクスターは、こうしたカラー印刷を商業的なレベルで初めて成功させたパイオニアでした。彼は「バクスター法」と呼ばれる特殊な技法を用い、色彩版画を安く大量に販売しました。またこの技法から派生したと考えられるカラー木口木版は、さらに価格の安いカラー印刷を実現し、やがて新聞・絵本などにも幅広く応用されていきます。つまり私たちが謳歌している彩り豊かな生活は、19世紀中頃にようやく始まったのです。
こうした歴史的貢献にもかかわらず、バクスターはほとんど顧みられてこなかった版画家であり、私は現在、このバクスターを中心に、19世紀の色彩版画の展開について美術史的見地に立った研究を行っています。彼の色彩版画は、現代では考えられないほど手間のかかる方法で刷られており、単なる印刷技術にとどまらない芸術的な魅力を放っています。まとまったバクスター版画の展示は、今回が本邦初の試みとなります。その深みのある豊かな色彩を、ご自分の眼でじっくりと観察してみてください。
ブログ担当より:本来11月のリレー連載だった本記事が当方の都合により更新が遅くなりました。申し訳ございません。