*この記事は、小川真人 基礎教育教授が執筆しました
基礎教育の小川真人です。
今回は、日常というよりは仕事の方によっていますが、今月たまたま立ち寄った展覧会『宇宙と芸術』展が興味深かったので、その話をさせていただきます。
今日の天文学や宇宙理論の発展はわたしたちの宇宙観を刷新しつづけていますが、宇宙は古来より、人間の重要な関心対象でした。『宇宙と芸術』展は、古今東西の様々な芸術、文学、神話、宗教にみられる宇宙像の表現を四つのセクションに分けて展示し、宇宙と人間のあり方について考えるきっかけを与えようとしています。
セクション1「人は宇宙をどう見てきたか」では、古代の天文学や神話、宗教、占星術、そして、プトレマイオスの天動説の宇宙論からコペルニクスおよびガリレイによる地動説の宇宙論への転換までが展示されます。入ってすぐ曼荼羅図があって、どうして曼荼羅からスタートかと思わせますが、これはどうも、現代の宇宙論として注目の多元宇宙論と曼荼羅図の構造的な類縁性に理由があるようです。地動説の時代を切り拓いたコペルニクス『天球の回転について』初版本(1609)を拝観する栄誉に感動しつつ、セクション2「宇宙という時空間」へ進みます。ここは最先端の宇宙論に取り組む現代アート作品が中心です。ビョーン・ダーレム『ブラックホール(M-領域)』(2008)〔図版1〕は、巨大ブラックホールの周りをまわる銀河系と多元宇宙のあり方をインスタレーションで表現します。
このセクションでは現代ドイツ写真の展示が目を引きます。グルスキーの『カミオカンデ』(2007)は、ノーベル賞受賞につながった「スーパーカミオカンデ」を大画面で捉え、古代神話の神殿のような荘厳な雰囲気を表現します。ティルマンスは、街角の若者の日常をとらえた作品などで知られていますが、もともと天文少年だったそうで、今回は金星の日面通過など、宇宙をテーマにした組み写真の展示です〔図版2〕。
そしてセクション3「新しい生命観-宇宙人はいるのか?」では、地球外生命体に関するわれわれの想像から、地球上の生命の誕生と発展の謎へとつづきます。杉本博司『石炭紀』(1992)は、5億4200万年前から2億5100万年前の古生代のジオラマをゼラチン・シルバー・プリントで捉えた作品が存在感を発揮しています。SFやマンガにみられる宇宙人の古典的なイメージの展示も興味深いものがありました。彫刻作品では、ローラン・グラッソ『縄文時代の司祭』が古代の宇宙人のようなイメージを表現して、来場者の興味を大いにひいていました〔図版3〕。
最後のセクション4「宇宙旅行と人間の未来」は、もはや宇宙が想像や観測の対象にとどまらず、人間が生活し新たな文明を築くかもしれない生活環境にもなりつつある現状を捉えています。宇宙開発の最先端としては、NASA主催コンペで一等を受賞した二案、つまりフォスター+パートナーズ『月面住居』とサーチ/クラウズ・アオ『マーズ・アイス・ハウス』がありました。チームラボ『追われるカラス・・・』は、まるで宇宙遊泳をしているような体験をインタラクティブ・インスタレーションで表現して興味深いものがありました。
以上のように『宇宙と芸術』展は、科学的な宇宙論だけでなく、芸術や神話、宗教による宇宙へのアプローチが積極的に取り上げられ、わたしたちの想像を刺激する興味深い展覧会と言えます。宇宙というまさにスケールの大きなテーマを背景に、アートの歴史や今日的なメディア表現の動向を考えることもできるかもしれません〔図版4〕。
*『宇宙と芸術』展 於:森美術館(六本木ヒルズ・森タワー53階)、2017年1月9日まで開催。(写真は主催者により撮影許諾の対象のみ)