※この記事は、松中義大 基礎教育准教授が執筆しました。
リレー連載6月担当します、基礎教育の松中です。
関東地方では6月8日に梅雨入りしましたが、「梅雨」と聞くと皆さんはどのように感じますか?ジメジメして毎日雨降り。からりと晴れた夏が待ち遠しく思われるかもしれません。どうやら私たちは「雨」にあまりよい感情を持っていないようです。
このことについて、以前ある実験をしたことがあります。被験者には以下のような図を提示します。
顔に表情が無い人間(男の子と女の子の2パターン)、左上に気象現象のイラスト(太陽、雲と雨、雷、イラストなし、の4パターン)、そして右側に感情表現(悲しい、うれしい、怒っている、の3パターン)が示されています。図は全部で24枚。被験者は、この人間の感情が右に示した感情表現とどの程度一致するかを、0(全く一致しない)〜4(よく一致する)の間から直感で選んでもらいました。顔に表情がありませんから、左側にある気象現象しか手がかりはありません。
約250名の日本人を対象にデータを取りました。細かい結果は省略しますが、概略は以下の表のようになりました。
上下の矢印は、気象現象のイラストが無い図を基準として、太陽、雷、雨のイラストが記載されている図でその感情がより多く(あるいは少なく)表れていることを示します。例えば、太陽のマークが書いてあると、書いてない時に比べて統計的に有意に「うれしい」という感情がイラスト上の人間にあると人々は解釈しています。逆に雨マークが書いてあると、書いてないときに比べてイラスト上の人間が「うれしい」とは思わないことを示します。(n.s. は統計上有意な差が生じなかったことを意味します)。
黄色のマスに着目してみると、太陽−うれしい、雷−怒っている、雨−悲しい、という対応関係が見られます。つまり、人間の感情が気象現象に投影されている、と考えることが出来るわけです。言い換えれば、気象現象が感情のメタファーとなっている(感情が気象現象に喩(たと)えられている)ということになります。メタファーはふつう言葉で表現するものと思われています。「心に雨が降る」と聞けば、悲しみに沈んでいる感じがしますし、「心が(胸が)晴れる」と聞けば、楽しい、あるいはうれしい感情を抱いている感じがするでしょう。筆者が専門としている概念意味論では、「修辞的技法としてのメタファー」という伝統的な観点とは異なり、メタファーが思考や行動に至るまで浸透しており、概念体系の大部分がメタファーによって成り立っていると考えています。もし、メタファーが言葉にとどまらずさらに深いレベルで存在しているとすれば、ある事柄を表すメタファー(例えば、感情を気象現象に喩えること)は、言葉だけでなく他の表現手段もあるはずで、この実験ではこのことを確認したわけです。
一つ、気をつけなくてはいけないのは、この気象現象と感情の結びつきが万国共通ではない、ということです。もし、ほぼ1年中晴れの天候が続きごくたまに雨が降るような地域では、雨はそれほどネガティブなものではないかもしれません。統計処理が出来るほどのデータを集めてはいませんが、アメリカ・ニューメキシコ州というとても乾燥した地域に住んでいる友人に聞いてみたところ、雨が降ることが悲しいとは全く思っていないとのことで、まわりの知り合いに聞いても同じだったと言っていました。
雨の季節になってきましたが、その先には夏(あるいは夏休み!? )が待っていることを楽しみにしつつ、健康に気をつけて頑張って乗り切りましょう!
※ この実験は、東京農工大学大学院篠原和子教授との共同研究の一部として実施しました。