芸術学部 基礎教育

2013年度リレー連載 第1回:西洋美術史入門

基礎教育助教の大森弦史です。
さて、始まりました2013年度リレー連載、「◯◯学入門」。
私は西洋美術史、もう少し細かくいうと19世紀フランス美術史を専門に研究していますので……記念すべき(?)第1回は「西洋美術史入門」です。

「へえ、そうなんですか〜……。」

私がどんな仕事をしているか、誰かに聞かれて答えると、大抵こんな感じのフワッとした反応が返ってきます。で、高確率ですぐに別の話題に移ります。慣れてるのでいちいち傷ついたりはしませんが、西洋美術史に限らず、そもそも美術史って一体どんな学問なのか知られていない、というか、ほとんどの人は興味がないんだなと実感することは多いです。美術というと、美術館にある絵画とか彫刻がパッと思い浮かぶことでしょう。好きな人にとってはワクワクする世界でも、そうでない人にとってはカビ臭くて退屈な空間に過ぎませんから、そういうものを研究しているとなると、浮世離れした変わり者だと思われてしまうみたいです。……まあ、否定はしません。が、それでも、美術史にはそれなりの役割や意義があると思ってはいますので、今回はそのあたりをちょっと書いてみたいと思います。

まず、美術史とは何でしょう? その名の通り、美術に関する歴史ですから歴史学の一領域です。また、美術は芸術の一分野なので、美とはなんぞやを考える美学などとともに、芸術についていろいろ考える芸術学の一領域でもあります。じゃあ美術って何か? 大雑把に言うと、「何らかの素材を用いて形作られた、おもに視覚に訴える芸術」が美術です。音楽とか演劇と区別して「造形芸術」「視覚芸術」などともいいますが、絵画・彫刻を中心に、版画や工芸・デザイン、建築なんかも含んでいます。また写真や映像、アニメーション、マンガのように、新しい表現メディアも美術に連なってますので、そのあたりまで守備範囲にしている研究者もけっこういます。そういったモノの歴史にまつわる問題をあれこれ考える学問が、美術史です。

さて、この美術史。医学とか土木工学とかと比べると、世の中の役に立ちそうにありません。もちろん学問に実用性ばかりを問うのはヤボというものですが、それでも「正直知らなくても困んないよね」感は否めません。そもそも美術自体が、道具や機械のような実用性がないものと考えられていることもあるのでしょう。現代において、美術は心を豊かにしてくれたりするかもしれませんが、明日のご飯を生み出してくれるわけでも生活を便利してくれるわけでもありませんから、そう思うのも当然かもしれません。役に立たないものを研究してどうするの?という話です。
しかし美術を〈イメージ(=視覚的な像)〉に置き替えてみると、そうもいかなくなってきます。例えば街の標識がなくなったらとても困るでしょうし、地図がなければちょっと遠くに行くのも一苦労です。あるいは設計図がなければ、同じモノをつくることすら難しくなります。いつ始まったのかは確かめようがありませんが、〈イメージ〉の歴史が、文字の歴史に先行することは確実です。エジプトの象形文字も漢字も〈イメージ〉から生まれたものですからね。そして、文字と同じように〈イメージ〉もまた、人間社会にとって欠くことのできないコミュニケーション・ツールなわけです。ちょっと大げさな感じになりましたが、美術史が〈イメージ〉の歴史を紐解く学問だと考えると、けっこう重要そうだと思えてくるのではないでしょうか。

そして、文字と同じように〈イメージ〉にも読み方のルールが存在します。身近な例としてマンガで考えてみましょう。日本のマンガはコマを右から左に、上から下に向かって読み進めるように描かれています。これは現代の日本人にとっては当たり前なのでいちいち意識したりしませんが、そのルールを知らない人にとっては、どう読めばいいか分からないんです。我が家の長男が3歳の時に「『ドラえもん』を与える実験」をしたことがあるのですが、オシリのページから順に眺めていました。それはそれで楽しそうだったんですが、しかし、これでは正しく『ドラえもん』を読んだとはいえないわけです。
これと同じことが、例えば西洋中世のキリスト教美術にも当てはまります。教会に描かれた壁画は信徒にとっては「見る聖書」として機能していました。〈イメージ〉はイエスの受難の生涯を追体験したり、教えを理解する助けになってきたのです。こうした宗教画では、イエスの顔立ちひとつとっても一定の約束事があります。大体の場合、イエスは痩せ型長髪でヒゲを蓄えているわけですが、「そういう人=イエス」という暗黙の了解を知らない人にとっては「なんかジョニー・デップっぽい人がいる」までしか分からないわけです。他にも聖人はたくさんいて、それぞれに決まった持ち物(アトリビュートと言います)を持っていたりします。
こうしたルールは、宗教画だけではなく、神話画にも歴史画にもあります。そして時代・地域・民族・宗教・階級などによってルールが異なったり変更されたりします。それぞれの違いは何か、そうした違いはどこから来るのか、なぜ違いが生まれたのかなどを探求することは、〈イメージ〉というコミュニケーション・ツールそのものの理解をより深めてくれるのです。美術史を学ぶということは、外国語を学ぶこととよく似ています。どちらも「他者」をより正しく理解するという大きな目的をもっているのです。

そしてもうひとつ、美術史の役割について強調したいことがあります。それは、過去の〈イメージ〉を掘り起こし読み解くことが、現代の〈イメージ〉を一層豊かにすることにつながっている、ということです。今では便利なもので、西洋美術のみならず、中国・インド・イスラム・アフリカ・南米などなど、あらゆる時代・地域の美術を、書物やインターネットを通じて簡単に目にすることができます。これは実は、新しい〈イメージ〉の創造にとって大変意義深いことなのです。なぜなら、いかに偉大な芸術家であってもゼロからの創造はできないからです。彼らは、先行する〈イメージ〉に何らかのかたちで影響を受け、自らの〈イメージ〉を創りあげてきました。そして彼らの〈イメージ〉が次世代の芸術家を刺激してきました。このバトン・リレーはもちろん今にもつながっています。仮に、美術史がなかったとしたら、彼らがアクセスできる〈イメージ〉はずっと貧弱なものだったに違いありません。美術史とは〈イメージ〉のデータベースを構築する学問でもある、ということができるのです。〈創り手〉を目指す工芸大生の皆さんにとって、美術史はとても実用的な学問です。ぜひともしっかり学んで、有効活用してもらえたら嬉しい限りです。

なにやら「西洋美術史入門」の「西洋」がほとんど抜け落ちたような内容になってしまいましたが……、ここまで読んで興味が出てきてしまったあなたは、以下の本を手にとってみてください。

池上英洋『西洋美術史入門』ちくまプリマー新書、2012年
大学時代の先輩の著書です。初学者向けの講義をまとめたもので「入門」の名にふさわしく、耳慣れない専門用語や考え方が大変わかりやすく解説されています。

高階秀爾『名画を見る眼』岩波新書、1969年
高階秀爾『続 名画を見る眼』岩波新書、1971年
絵画を読み解いていく愉しみを伝えてくれる名著です。内容はやや専門的ですが、平明かつ流麗な文体で読みやすく、西洋絵画の傑作の数々について詳しく知ることができます。

連載リレー、次回5月は牟田先生が登場します。どうぞお楽しみに!

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