*この記事は 田中康二郎 基礎教育教授が執筆しました。
後期授業が始まりほぼ一ヶ月が経過しました。デザイン学科「彫刻」の授業での塑造の授業も佳境に入って参りました。 今回は塑造制作を行うことによって、私たちにどのような変化をもたらすのかを考えてみようと思います。
一般的に彫刻制作として二つの手法領域が考えられます。まず一つはカービングですがこれは、木材、石材などいわゆる実材と総称される素材から何かを彫り出す制作手法です。
もう一つがモデリングであり、粘土など可塑性のある材料を用い成形してゆく手法です。
初めて立体造形に取り組む場合は、モデリング(塑造)が主となります。現在の高校までの普通科教育において彫刻の授業をカリキュラムへ組み込むことは様々な制約があり、立体をつくること自体が初体験となる履修生がほとんどです。それは即ち、立体を見る視覚的な訓練なり、経験をしていないと言うことです。
私たち人間は取り巻く周囲の環境、風景あるいは対象物を視覚的に認識するのですが、その認識の仕方が、様々に異なっているのです。立体を見る訓練や経験というものは、対象全体の量塊や奥行きを把握するということですが、モデリングを行うことによって、視覚的な捉え方という点で、立体を平面に再現すること(描写すること)とは異なる認識を必要とすることが体験(理解)できます。
材料の粘土は付けたり、取ったり自由にできるので、いわゆる試行錯誤を繰り返すための最適な材料といえます。その過程を繰り返すうちに私たちの視覚、認知のメカニズムがある瞬間から切り替わります。それは対象物を初めて立体的に認識できるようになった瞬間です。そして何も無い空間に自由に立体をイメージできる第一歩でもあります。
この彫刻の授業では、モチーフとしてのお互いの頭部をよく観察しデッサンを取ります。その時に見ているものは、あくまで平面に再現することを前提に捉えた輪郭であったり目鼻であったりするので、そのベースとなるべき骨格を意識しているわけではありません。
いざ立体に再現しようとすると、まずは頭部のベースとなる顔面を含む頭蓋骨、顎の骨格、頸部などからなる空間をイメージして粘土付けすることが必要となります。そのベースができた最後に目鼻や口などが形作られます。その段階に向かう過程で初めて私たちの視覚は正確に立体を認識できるように変化するのです。
画家のパウル・クレーは、その著書『教育スケッチブック』中の一つの章で、「もう一度、垂直線」として、家の垂直な壁を描いています。それは下の階の窓の幅が上の階の窓より広く描かれたもので、これは遠近法にのっとり描かれ、もしこれがある水平な床を描いたものであれば、私たちに取ってごく自然に受け入れられるものですが、垂直の壁として見るならば心理的に間違ったものにみえるのです。私たちの脳は、遠近法の解釈として論理的に正しいものでも、心理的、生理的に受け入れられないものを修正する働きがあるのですが、視覚的認識の仕方もまた自在に変化させることができるようです。
後期の履修生たちが、後半に予定している木彫(カービング)の授業でどのような成長を見せてくれるのか、大変楽しみです。