1月の一枚:「歌舞伎見物」

*この記事は 松中義大 基礎教育准教授が執筆しました。

リレー連載1月を担当します松中です。本年も基礎ブログをよろしくお願いします。

新年ということで、「和」な写真をご覧いただくことにしました。

先日、銀座にあります歌舞伎座へ行ってきました。歌舞伎というと、なにか格調高くて近づきにくい印象があるかもしれませんが、決してそういうことはありません。近現代の(そして西洋の)価値観や倫理観からすると共感しにくかったり、荒唐無稽なお話もありますが、しかしそこの描かれているのは紛れもない人間ドラマで、今の私たちにも通じる・共感できるものが一杯あります。

今月は二代目白鸚、十代目幸四郎、八代目染五郎の高麗屋親子孫三代が同時に襲名する襲名披露興行が行われています。

このためいつもの定式幕ではなく祝幕が張られていました。

歌舞伎はほぼ毎日どこかの劇場で上演されていると言っても過言ではありません。とてもリーズナブルに見られる席もありますので、身構えずに気楽に行ってみて下さい。

【以下、少し「オタク」な感想】
私が行った夜の部では襲名披露狂言として、有名な「勧進帳」が出ました。新・幸四郎が弁慶を、息子の新・染五郎が義経、そして弁慶に対峙する富樫は幸四郎の叔父に当たる名優中村吉右衛門が演じました。新・染五郎の義経は、血筋の良さでしょうか、気品ある貴公子ぶりでした。ただ、義経の落人としての憂いの「ハラ」が薄く感じられました。「判官御手」では盛り返しましたが、花道の出からそれが出るとよいと思いました。幸四郎の弁慶は約3年前に初めて演じてから2度目。前回はまだまだという印象でしたが、だいぶ線の太い立派な弁慶になりました。それでも、これまで様々な役者が演じた弁慶が目に残る身からすると、まだ発展途上、弁慶の力強さを表現しようと力みすぎな印象でした。それに対して吉右衛門の富樫が絶品。「この富樫が関守では、義経主従は安宅の関は超えられないな」と思わせるほど。富樫は、弁慶との問答のうちにその心情を思い、弁慶の嘘を見破りながらも彼らの通行を許します。吉右衛門の富樫は、当初の関守としての厳しさ、そして義経主従を思いやる胸の内が演技に表れるばかりではなく、おそらく彼らを通行させたために関守としての役目を果たせなかったことで切腹を命じられるかもしれない、それでも関を通させるという覚悟までもが観ているこちらに伝わってきました。やはり名優だな、と思わせる芸を目の当たりにしました。

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